第二章・番外編「とぅばらーま大会・予選会」03.05.17.


手伝ってくれて有り難う

優勝した来生さん

去年の優勝者

夕方には鳩間かな子ちゃんファミリーのライヴを聴くことが出来ました。

西宮で開催された予選会に出場した。「とぅばらーま」とは八重山を代表する唄の名前で、本選は毎年旧盆に石垣市で開催される。

私自身は、まだ参加したことはないのだが、私達の師匠である大工哲弘先生を始め、現在の八重山民謡界を導かれている先生方が、歴代の優勝者として名を残されている。

そんな大会に、仮に予選会ではあっても、出ようと思うだけ、またもや身の程知らずな行為ではあるわけだが、一応、私のようなものが出て良いものかは悩んだ。

しかし、本選を見たこともなければ、予選会ももちろん初めてである。情報はないのだ。ただ悩んでいても仕方ないので、事務局のゆがふ庵さんに電話をしてみた。

「あの〜っ、参加資格とかあるんでしょうか?」
「とぅばらーまが好きな人だったら誰でもいいですよ。」
「衣装とか、笛とか準備が要りますか?」
「三味線だけ、忘れないで持ってきて下さいね〜っ。」

これで腹が決まった。出るべし、である。そのまま、申込みをして練習を始めた。予選会まであと2週間しかない。

しかし、いざ、練習を始めて見ると、これが思うようには、いってくれない。知らなかったわけではないのだが、「とぅばらーま」という唄は、いわばフリースタイル、メロディーも歌詞も三味線の伴奏も、唄者によって全然違うのだ。

一向にらちがあかないので、三味線を捨て、唄に絞ることにした。三味線、発音、発声、音の高さは、すべて初心者である。残された道は、いかに、唄の中に思いを込めるか、(まっ、それも自信はないけど)しかない。

とにかく、通勤中も、休日も、仕事中も(内緒っ)、唄い続けた。

付け焼き刃の猛練習もむなしく、成果がさっぱりわからないまま、日は昇りそして沈むことを繰り返し、あっと言う間にその日はやって来た。

ここまで来たのだから、どうあがいても仕方がない。せめて舞台で、思い残すことなく唄いきることが出来れば、それでよしとしなければならない。開始のアナウンスを聞いて、私は、それに集中するように努めた。

唄う順番は3番目、人の唄を聴いていると徐々に緊張が高まってくる。鼓動が大きく速くなっていくのがわかる。ゆっくりと深呼吸を繰り返しては見るのだが、効果はない。マズイ。

舞台に立って、最初に空を見上げた。ホールなので実際には見えないのだが、見えたような気がした。次に海が見えた。ちゃんと唄えるかも知れない。時々、客席の人の顔が視線に飛び込んでくる。目を閉じて聴いてくれている。段々気持ちが、高まってくるのがわかる。あとは、あんまり覚えていない。夢の中に入っていくような不思議な、ここちよい気分だった。気が付いたら、頭を下げていた。

審査の結果は、落選だった。まあしょうがない。とても気持ちが良かったので、さっぱりして、会場を出た。すると、審査委員の方が、私を見つけて声をかけてくださった。「惜しかったね、1点差だったよ。次は頑張って。」

と言うことは、1点差で2位!やった!そのやりとりを聞いていた人たちが、みな祝福してくれた。通常、審査委員の方が、点数を細かく教えてくれることはないのだ。私は、もう一度心の中で頭を下げた。

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