第二章・プロローグ・03.02.14.

前回の旅の後、私はこれまでの沖縄や八重山への旅について、少しばかり考えた。その詳細は、「旅の空で考えた」で触れた通りである。好きで通えば通うほど、旅の非日常性が希薄なものとなり、根っこのない里帰りのような状態になってしまい、ちょっとした違和感を感じたのだ。

それは、私が自分の根っこというものを、大切にしていなかったということに、気付かされたという意味でもある。自分の根っこを放ったらかしにしておいて、自分の都合で、沖縄や八重山を疑似的な根っこにしてしまってはいけないのではないだろうかと、そんなふうに今は考えている。

そしてそんなある日、三味線仲間のひとりが、「小浜島で小浜節大会があるそうですよ。」と教えてくれた。県外者は、テープ審査で予選にエントリーできるということだった。日程は3月22日、まだ1ヶ月以上はある。小浜節(くもうぶし)は、八重山を代表する唄のひとつである。その大会が小浜島(こはまじま)で開催されるのだから、本場の唄者の生の唄声を聴くことが出来る。

沖縄や八重山の行事は、旧暦にそって行われることが多いので、私のように、カレンダー通りにしか休めないものにとっては、この3連休中に開催されるのはめったにないチャンスである。おまけに、今年のゴールデンウィークは5日の出勤が決まっているので、旅には出られない。私は、自分の中の声に耳を傾けてみた。「行きたい」と「行ってはいけないのではないか」が拮抗する中、私はひとつの結論を出した。

「予選にエントリーして、本選に出られることになったら行く。」

まあ、この時点では、「落ちて当然。」というつもりだったので、大方「今回は行かない。」という方向に傾いていたのだ。さらに、もうひとつ大きな問題もあった。私は、小浜節が苦手なのである。

小浜てぃる島や 果報ぬ島やりば
大岳ばくさでぃ 白浜前なし ヤウンナ

大岳に登てぃ うしくだし見りば
稲粟ぬなうり 弥勒世果報

稲粟ぬ色や 二十歳頃みやらび
粒々じ美らさあてぃどぅ 御初ぃあぎる

小浜島(村)は たいへん豊かなしまだ。
うふだぎ(山の名前)を背に 白い浜を前にして。

うふだぎに登って、下を見れば、
稲粟の実りが豊かで、すばらしい世の中を約束されている。

稲粟の実りの様子は、二十歳ごろの美女のようだ。
粒よりの稲粟を 神様に捧げよう。

小浜島の豊かさを讃える唄なのだが、朗々と繊細にかつ優雅に唄わなくてはならないらしく、がさつな私にはまだまだ手に負えないのである。

しかし、決めた以上は、やれるところまでやるしかない。色々聴いてもどのみち手に負えないので、大工先生の唄だけをお手本に、とにかく練習を始めた。テープ送付期限は2月末日、あと2週間しかない。

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