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猿沢池から五重塔をのぞむ |
朝9時に自宅を出て10時40分には近鉄「奈良」駅に着いていた。いつもの方向とは反対側に向かって歩き始める。商店街を抜けて、猿沢池を南に下ればそこはもう奈良町の入り口だ。まだ時間が早いので人の出入りも少ない。 細い路地の続く町並みは、長い年月を感じさせてくれる。歩いていて疲れない。急に行き止まりになっていたり、角を迂ったらすぐに次の角に出くわしたりしながらどこをめざすでもなくゆっくりと歩いた。 |
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再び路地を歩く。古い格子窓や白壁の建物を冷やかしていると造り酒屋に出くわした。ここは入らなければならない。ガラガラッと戸をくぐった奥に、利き酒が出来るように大きな机がしつらえてあった。 相変わらずこういうところには鼻が利くもんだと苦笑いしながらすすめられるままに杯を傾ける。そのうちにこの蔵は少し違うなと思いはじめた。吟醸にも大吟醸にもアル添のものがないのだ。
ワインならこうはいかない。これも良く知られているがワインの最高級品(もっとも出来の良い物)は10年に1回程度しか出来ない。だから少しワインに凝った者は「19・・年ものの・・・」と選ぶのだ。日本酒にはそんな習慣はない。あえて選ばなくても同質の酒が得られるからである。 話が横にそれてしまった。そのように繊細な努力と技術で造られる日本酒だが、品評会に出される吟醸酒や大吟醸酒はほとんどがいわゆるアル添、醸造用アルコールを添加したものである事もまた事実である。審査員の求める酒を造らなければならない事情がそこにはある。 しかしこの蔵元の社長ははっきりとこう言った。「偽物は造りたくない。」興味を持ったのでいろいろたずねているうちに、ずいぶんと長い時間を費やしていただいた。元々大蔵省に勤めていたこと、仕事で世界各国の酒造施設を回ったこと、ふらりと入ってきた単なる酒好きのためにいろいろなことを話して下さった。 その全てはとても書ききれない。ただ、有機栽培の酒米を造るために土壌の改良から取り組む姿勢はそのまま酒の味に出ているような気がする。 蔵元でしか求めることのできない「春鹿・純米大吟醸(生)」が届くのが楽しみである。 |
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利き酒と春鹿酒造の社長の情熱のせいか、蔵元を辞してからもしばらくは身体が火照っていた。私は「いい出会いだった。」と小さくつぶやきながらその火照りを身体のもうひとつ奥にしまい込んだ。 小さく深呼吸をしてまた歩き始めた。ゆっくりと歩いているといろいろなものがよく見える。駐車場の入り口のブロック塀に吊り下げてある看板に書かれてある「自然食料理」という文字に目が止まった。これは行ってみなくてはならない。 いろいろな事情が重なって奈良町に越してきた「あしゅーら」は、動物性の素材を使わないヴェジタリアンレストラン&喫茶だ。玄関を入ったとたん「この店は前に来たことがある」と感じた。ゆっくりと思い出してみると、その店は箕面の牧落という集落の中にある喫茶店だった。玄関を入ると土間があり、そのまま進むと台所に至る。右にあがると広い部屋が2間続いていてその奥の方の部屋の右手に2階へと続く階段がある。部屋のむこうには中庭が見える。窓を開けていれば風が通るのでエアコンは不要だ。違っているのは「あしゅーら」の扇風機が新しいということぐらいか。そう言えば、京都の町屋の造りも類似点が多い。部屋に敷き詰められた絨毯の上に座り、足を畳んだ座卓の上に運ばれてきたグルテンフライ入りのカレーを食べながらそんなことを考えていた。ここでも時はとても静かに流れていた。(詳しくは、オーガニックレストランガイドのページで) |
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少々重くなりかかっていた腰を上げまた街を歩き出す。どれだけ歩いても多分退屈することはないのだろうと思える。角を迂れば違った世界が目に飛び込んでくるような気がする。この街にはまた、ギャラリーや資料館、博物館といったものがあちこちにある。 「私設」と書かれたあとに「奈良町資料館」とある建物には結構人が入っていて、にぎわっていた。白檀の香りを放つお年寄りから、「古紙幣」の展示を見て「えー!500円ってお札あったのー?」と甲高い声を張り上げている若い女性まで様々な人が訪れているようだ。 私が立ち止まったのは多くが木製の古い看板を展示してある部屋だった。ガラス張りの展示スペースの中に所狭しと並べてある。その一番下に、「資料館の看板が図録になりました」と書かれてあり実物が展示されていた。帰り際に職員と思われる婦人に「図録は売っていないんですか?」とたずねてみたが要領を得ずに無いと断られた。何故かこの資料館は見せ物小屋のにおいがした。ちょっと覗いてみたいと思わせる雑多な雰囲気があった。 また角を迂って歩いていると、「格子の家」があった。少し降ってきたので雨宿りをするつもりで入った。外の空を見ていると受付の女性が話しかけてきた。その日はボランティアの方が抹茶を振る舞っているとのことだった。空を気にしながら抹茶を頂いていたが、雨足がひどくなってきたので一旦宿に引き上げることにした。 |
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「共済会館やまと」はとても便利なところにあった。予約時に夕食入らないと告げると難色を示されたがこちらにも事情があるから仕方がない。内風呂があって1泊朝食付き約7500円はまあまあだ。公務員だとさらに安く利用できる。軽くシャワーを使ってから、再び雨が上がった街に出た。 40分ほど歩いて「ボッカ・イン・ボッカ・ウノ」に着いた。自然館の「日替り玄米弁当」を作っていただいている中村さんの元同僚の方が経営する「本格イタリア料理」の店だ。店は思ったより大きくゆっくりと食事を楽しむことが出来た。比べるのは悪いが「やまと」ならこうはいかなかっただろう。再び雨足が強まってきたので、タクシーを奮発した。外にひらいに行こうとしたら店で呼んでくれて、「共済会館ヤマトまで」というだけで連れて返ってくれた。 |
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夕食を何とか断ったのだから、ついでに朝食も断っておけば良かった。が、後の祭りである。どうしてこうゆう施設の朝食はかくも同質なのだろうか。たまには、「朝食自慢」の宿があってもいいように思う。朝食の善し悪しはかなりその日のその後に影響すると思うのだが。 仕方なく荷物をまとめて街に出た。雨はすっかり上がっていて、さわやかな朝の風が吹いている。歩いて奈良県商工観光館へ行ってみる。おみやげを買うためではない。こういう施設では、全国的にはあまり知られていない名物や良品が紹介されていたりするのだ。入ってすぐのホールでは、赤膚焼や書道用具、一刀彫などのいわゆる「おみやげ物」が売られていた。奥の階段から2階へ上がると案の定、知る人ぞ知るといったかんじで「土産物」になれないものたちがひっそりと展示してあった。私が製造元を控えたのは、オーガニックコットンを使用した「5本指の靴下」である。近々電話をかけてみようと思っている。 外に出て、また歩き始める。ふと古本屋が目に留まる。「読書の秋のため一割引」と大書してある。なるほどと妙に納得しながら中に入りたずねてみた。「奈良町資料館の看板の本ありますか?」目当ての本はなかったが欲しかったものを見つけた。「原色牧野日本植物図鑑」である。牧野富太郎が著したこの本はずっと欲しかったものだった。読書の秋のおかげで2700円で手に入った。但し、学生版である、正版だと確か30000円はする。買ったばかりの図鑑をながめながら坂道を上り、奈良女子大学を越えたところに最後の目的地があった。 |
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「玄米菜食処・菜一輪」の造りも町屋である。ただ、入ってすぐの部屋は明治か大正時代の雰囲気のする洋間になっている。次の部屋からはやはり内庭がのぞめ立派な松の木が枝を伸ばしている。 けやきの一枚板であつらえられたどっしりと長い食卓で、井筒ワインのロゼから始まる食事を頂くと2階の茶室へとあがる。朝宮の片木さんのお茶を頂きしばらく窓の外をながめていると、食事とはどういうものかあらためて考えさせられた。「菜一輪」の食事は茶懐石といっても良いかも知れない。けして量は多くはないが豊かに味わえる食事のあとに、一服のお茶を楽しめる空間はそう多くはないように思う。 |
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この旅は、半分は全て決まっていて、半分は何も決まっていない変な取り合わせの旅だった。今までこんな経験をしたことは多分ない。しかしそのどちらの側でも楽しみを見いだせたことは、これからの旅を考えるにあたって貴重な経験となったと思う。 | ||