20年位前、夏になるとよく自転車で淡路島へ行った。福良の先のキャンプ場で車組と落ち合いキャンプを張り、昼は流れの速い遊泳禁止の海で泳ぎ、夜は降り注ぐ星を見て過ごした。無論当時は橋がなかったので、国道43号線を経て明石まで走り、そこから30分おきに出ているフェリーに乗り岩屋へ渡って、島の西側の海岸沿いをひたすら走った。
今回あらためて淡路島へ出かけることになったいきさつをはっきりと覚えていない。ただもうフェリーで渡ることは出来ないんだと漠然と思っていただけだ。手帖の書き込みを見ながら旅の予定をまだ何も決めていないことに気づいたのはもう出かける前日だった。それほど淡路島は私の中で特別な場所ではなく、どちらかというと懐かしい場所になっていた。
ふと淡路島まで行くのだったら大畑さんのところに寄っていこうと思った。大畑さんは淡路島で有機栽培をしている百姓のグループが出荷している野菜を神戸の自分の店で販売もしている兼業農家だ。自然館の玉葱は大畑さんのグループが生産している。近畿では玉葱は「淡路島産」だ。理由を尋ねると「皮が厚く、葉が大きくて、甘い」と明快な答えが返ってきた。米の裏作で「モミジ」という品種が一般的なのだそうだ。しかし、生産者の店では野菜が強烈に安い。これにはとてもかなわない。
グリーンハウス
神戸市垂水区霞ヶ丘7-4-26
TEL 078-707-1147
営業時間 9:30〜18:30(日・月休み)
この時期に淡路島まで来て花博を見ないなんて「ちょっとわからない」と言われそうだが、高速の上からその姿を見ただけで十分だった。不自然に巨大な建造物の中で人がうごめくのを見ているだけで気が滅入ってきたのでやっぱりやめた。
そのかわりに造り酒屋の蔵元を訪ねることにした(全然違うけど)。こちらのほうは私の得意分野だ。東浦インターから出て直ぐの国道沿いに「千年一酒造」はある。無農薬ではないが昔からの製法をまもっている蔵元だ。鐘馗山の山水と手造りの麹で仕込んだ酒は端麗な仕上がりだ。突然訪問したのにもかかわらず、利き酒をすすめてくれた。古い建物の2階に古い酒造りの道具を展示したスペースがありそこで味を確かめながら選ぶことが出来る。お呼ばれした甘酒がまたおいしかった。
千年一酒造
津名郡東浦町久留麻2485-1
TEL (0799)74-2005
10:00〜17:00(水曜休)
特別純米酒(500ml)写真・左 1000円
純米生貯蔵酒(720ml)写真・中 1000円
純米大吟醸(720ml)写真・右 3000円
その宿の一角に数枚のパネルが展示されていた。何しろ予定がないので食事までの時間つぶしにながめることにした。しかしその内容にふれた数秒後には、私は食い入るようにパネルの文字を一枚一枚読み込んでいた。そこには私が全く知らない植物のことが書いてあった。20年近く兵庫県で過ごし、淡路島も何度となく訪れていた私としては、少なからず衝撃を受けた。
あまりに顔を近づけて読んでいたからなのか、職員が飛んできて明かりを点けてくれた。それを幸いにいろいろ話を聞くことが出来た。その植物の名を「はまぼう」という。
兵庫県がレッドデータのAランクに指定しているアオイ科の貴重植物で県内では洲本市の国立公園内にある成ヶ島にのみ自然の群生地が確認されていること。
毎年ちょうど今ごろ直径7〜10cmほどの黄色い花をたくさんつけ、葉の緑と夏の空の青さがその花の色を一層美しく感じさせてくれること。
汽水域を好み潮の干満によって水位が変化する池の周りにマングローブのように群生していること。幹に呼吸用の穴を持つところもマングローブと似ているが、毎年葉を落とすところが異なること。
パネルの一枚には、今までに見たことがない花の写真があった。
そして傍らに置かれていた一冊の文集を読んでわたしは実物を見てみたくなった。その文集は地元の子供たちが、成ヶ島の清掃ボランティアをした体験集だった。「どうしてこんなにゴミを捨てるのだろう。」「ゴミがいっぱいで重かった。」「きれいになって気持ちよかった。」表現は様々だが、どこからともなくゴミがたくさんやってくることに対する憤り、自分たちの成ヶ島を大切に思う心、そして自分がその中にいるのだという自覚が語られていて素直に感動した。「どうしても実物を見てみたい。」
翌日の朝、食事も早々に済まして宿を発ち、成ヶ島へ渡った。渡し船で2分くらいの距離ではあるが成ヶ島は無人島である。渡し場には誰も居ず、不在の場合の連絡先が書かれているだけだ。きっと研究者や掃除のボランティア以外の人は利用しないのだろう。電話をかけて30分待っていよいよ島へ渡る。
船着き場からはまぼうの群生地までは徒歩で30分ぐらいはかかる。おまけに朝から気温は上がり続けていて立っていても汗が流れ落ちてくる。覚悟を決めて歩いていると、別の船で来た現地の人らしいおじさんに声をかけられた。「そこまで行くから乗っていけ。」これこそまさに渡りに船、いや車である。一瞬にして地獄から天国、浜にそよぐ風に心地よさを感じながらあっという間に群生地に着いた。
はまぼうは想像していたよりずっと大きくて、高さは3〜5mもあり、1本の木からいくつもの枝を伸ばして横に広がっていてまるで小さな森のようだった。
そしてその美しさも想像していた以上のものだった。その日のうちに生命を終える花が後から後から無数に咲き乱れている様子はどこかこの世のものとは思えない美しさを放っていた。私が見たかったのはこれだった。
この植物がこの世から消えてしまおうとしている。そうならないように何か出来ることはないだろうかと思いながら、そして祈っている。
どうも、行き当たりばったりの旅が性にあっているらしい。だがそうであるからこそ、地元の人とのふれあいが生まれるし、感動を受けるのだと思っている。今度の旅でも、少なからぬ人の親切に心が熱くなった。お礼を述べただけで帰ってきてしまったが、またいつかお会いできればと思う。その時はもう少しゆっくりと。本当に有り難うございました。(帰りの船にも乗せていただきました。渡しの時間まで1時間以上あったので、とても助かりました。その上オロナミンCまでもらってしまいました。)
※上のはまぼうの写真をクリックすると大きくなります。