里山便り「音羽山から」01.01.27

私の住む京都山科盆地の北東部には、大文字山から逢坂山〜音羽山〜醍醐山へと続く連山があり、盆地を取り巻くそれらの山々は市街地からすぐに登られる山として人気があります。東海自然歩道もその一部を通るほか、各方面にハイキングコースが設けられ、山麓には銀閣寺、南禅寺、毘沙門堂、三井寺、石山寺、醍醐寺などの名刹を配しています。山並みの一部はそれら社寺の境内域であるところもあり、自然環境も保全されているほうだと思われます。

中でも京滋県境を成し標高約600メートルの音羽山周辺は、その高さ、深さ、広がりは群を抜いており、山への近さ(自宅から徒歩15分程で山の入口です)もあって、私は通年ここをフィールドとして歩き回っております。そして、毎週のように出掛けられる身近な山があって、四季それぞれの素晴らしさに出会うことができるこの環境に感謝しています。

今度機会があり、この地域の移ろいゆく自然の姿を、月に一度程度の割合でお伝えしようと思います。音羽山は里に近く、かっては炭焼きなどもよくされていたようで、今もその窯跡が山中に残っています。また京都と大津の市街地に挟まれているため、若狭からの送電線がこの地域に集中しています。そんな関係で山中には仕事道(多くは廃道化しています)や送電線の巡視路が網の目のように交錯していて、ガイドブックにないオーダーメイドの山歩きルートを幾つも作ることができます。

それらの道では、人に出会うことは滅多になく、落ち葉の厚み、土の柔らかさといったハイキングコースにはない喜びを味わうことができ、最近ではもっぱらそのような道を好んで歩いております。また、廃道化した仕事道の倒木を片付け、枝や細い木を刈り払って通りよくすることは私の山遊びの一つであり、何日も通って開通させたときの喜びはまたひとしおです。音羽山周辺にそのような道がすでに2キロメートルはあるでしょう。


鹿の足跡

鳥の糞

凍ったダム湖

いよいよ源流

霜柱

虫に食べられた栗の葉

アセビの花芽

シロモジの花芽

ノリウツギ

ヤマノイモ

2001年1月27日 天気 雨

牛尾観音下の桜の馬場まで車で入り、冷たい雨が降っているので、長靴そして上下のカッパに身を包み出発しました。ここは山科音羽川の中流辺りですが、上流に京都市清掃局の一般廃棄物最終処分場ができた関係で、これより上流は立入禁止とされています。しかし処分場にごみが運ばれ埋め立てられていく様を看られないように、必要以上の広範囲を立入禁止としているとしか思えません。その多くは鹿や猪が跳び回る、一帯でも一番自然豊かな場所で、何の危険もありません。今日もここを通ります。

廃道化した道を行き(この道も復活を目指している途中で、次の日に完成させました)高度を上げていく程に先週積もった雪が残雪となり、県境尾根近くの北側斜面には10cm ほどの雪が残っていました。その雪の上にはいくつもの足跡が残されており、動物が歩いたことを示しています。小さな犬のような足跡はタヌキでしょうか。長方形の平行した2本の蹄型は鹿に違いありません。そしてそれより大きく丸みのある蹄型は猪でしょう。十字になった小さな鳥の足跡もあります。鳥のフンが雪に藍色のしみを作ってあちこちに落ちています。何を食べたのでしょう。ヒサカキの実でしょうか。

県境尾根西側の自然林を緩やかに上りつめ、小さく、峠のように乗り越え少し下ると、処分場の上にあるダム湖に出ます。2週間前には水面が出ていましたが、今日は一面氷に覆われ小さな石では割れません。そこを過ぎるといよいよ源流です。多くの山の原生林で、本当に心が癒される景観をもった源流を見てきました。苔むす地上、わずかな下草、緩やかな細い流れ、柔らかに起伏する大地、空を覆う大木。この川の源流もそんな山の源流にどこか似ていて、この一帯で一番気に入っている場所のひとつです。

辺りを見回すと、サルスベリのように赤むけた肌の樹が目に付きます。鹿に樹皮を食べられたリョウブです。餌の少ないこの季節、鹿はこんなまずそうなものでも食べざるを得ないのでしょう。バンビ物語を思い出します。静寂の中で突然、ギャーという鋭い声と共に褐色の山肌に青い残影を引いてカケスが飛び去りました。水の流れが途絶え、しばらくで上醍醐寺へのハイキングコースに出てきました。

この辺りは標高も高く、雨は時折雪さえ混じるほどになっています。上醍醐寺へのコースは、ゴルフ場の中を通り抜け、車道を行くことになるのですが、以前これを歩いて情けない思いをしたことがあり、今日はこのコースの北側山腹をほぼ平行に歩こうと思っています。ただこの領域は未知の部分で、今日のような天候の日には感心しないのですが、上へ登れば道路という安心感から予定どおり進むことにしました。

ルートはまず西千頭岳の頂上に登ります。この頂上は鉄塔に占拠され殺伐としていますが、一帯の最高点であり木立もすっかり刈り払ってあるので、展望はなかなかのものがあります。今日は山科方面がかすかに見える程度です。そこから巡視路を下り、半ば廃道化した仕事道とけもの道とを繋いで、予定した上醍醐寺から桜の馬場へ抜けるコース上にたどり着くことができました。この間1時間程。多少の不安を抱いての道中でしたが、結構楽しめました。途中スエヒロタケと共に雨にふやけたアラゲキクラゲを倒木に見出し、今年最初のキノコとしてありがたく戴きます(炒り卵とニラと一緒に炒めその夜のおかずとなりました)。

予定地についてからは普通のハイキングコースを行きます。けれども雨の中の山歩きは、こんなルートでも楽しむことができます。ノリウツギの淡い褐色をした装飾花、スクリュー型の実を連ねたヤマノイモ、虫に食べられ葉脈だけになったクリの葉など、冬枯れの山でも目を楽しませてくれるものはいつでもそばにあります。華やかな色はシロダモ、アオキ、サルトリイバラなどの赤い実で、つい半月程前には鈴なりだったフユイチゴの実はすっかり少なくなっていました。しかしシロモジ、クロモジ、アセビなどの膨らんだ花芽は、春の遠からざることを教えてくれ、何かしら嬉しさがこみ上げてきます。

やがて出発地にたどり着き約3時間ほどの山旅は終わりました。雨は降り続いていますが、だからこそ遠景ではなく、足元や傍らにいろんな自然の営みと優しさを知ることができた一時でした。

里山便りに戻るメールを送る