「芦生の森から」06.02.19.


三国岳

マルバマンサクの果実と花芽

経ヶ岳と伊吹山方面

久多と比良の山並

国境稜線と天狗峠

P936を北望

雪庇のできた稜線

天狗峠を見上げる

いつものカツラの木の前で

大谷の奥

二ボケ源頭

午後の比良の山並

午後の伊吹山方面

晴れのち曇り・久多〜滝谷・岩屋谷出合〜府立大学演習林南縁尾根〜城丹国境稜線〜大谷〜二ボケ源頭〜久多

久多川沿いの道路を、除雪されている最後まで入り、そこからワカンを着けて午前7時出発。凛とした早朝の寒気が頬に心地よく、冬の山に居ることを実感させられる。

林道上の雪はあまり締まってはおらず、15〜20cmほど沈むが、深い雪のラッセルを思えば随分楽だ。この一週間でかなり雪が融けたのだろうか、川の流れや光の中に春の気配さえ感じられるようになった。「もう新雪の山もお終いなのだろうか」と思うと、なんとなく寂しくなってくる。

滝谷出合から岩屋谷に林道を100mほど入った左手、杉林の中の急な斜面を登って行く。「府立大学演習林南縁尾根」、私が適当に名付けている尾根だが、今では久多から入るときには、必ずと言っていいくらいに登りか下りに使う定番ルートとなっている。今日はあまりワカンが沈まず、お陰で稜線まで休みを摂らずに一気に上がる事ができた。

城丹国境午前9時05分着、振り返れば比良連山が間近に迫り、東には伊吹山から金糞岳への稜線とその背後に御岳もはっきりと見え、少し雲はあるがまずまずの天候だ。国境稜線を天狗峠方面に向かって西に進む。途中の小さなピークをはさんで次のピークまでの間は広々とした雪原が続き、冬の芦生では最も広大な景観が得られるところだ。

その上今日は、固く締まった雪の上にふんわりと新雪が15cmほど積もり、柔らかく心地よい感触を足に感じながら歩いていると、自然に心が躍り出す。

雪原の終わる次のピークは、滝谷側に雪庇が連続する長い稜線となっており、その先端部に登りついて振り返ると、ただ一条のトレースが広い雪原に描かれ、広い山の中でただ一人この景観に触れているのだという喜びが沸々と湧きあがってくる。その幸福感に浸りながら、少し食事を摂ることにした。

食事を終え、次いでここから北へ延びる尾根に入り、一旦下って小ピークを越える。今日は条件に恵まれているので、大谷まで下ることができるかもしれない。

針葉樹の多い尾根は展望がよくないが、左手には一ボケを隔てた天狗峠が、右手には大谷の向こうに三国岳やP941が、そして正面には傘峠がそれぞれ木立越しに眺められ、下る程にそれらは次第に高い位置へと移り、芦生の一番深いところへ下って行くのだという実感が伴ってくる。

この尾根のものもそうだが、今年はシャクナゲのつぼみが本当に少ない。昨年が多すぎたのだろうが、今年はその10分の1程度か、おそらくシャクナゲ以外の樹の花も期待できないだろう。

尾根の中ほどまで下ってくると、緩やかだった傾斜が急に強くなり、ワカンの爪だけでは滑り落ちるのを止める事ができなくなった。万一のことを考えて持って来たピッケルが、ここで初めて役に立つ。それでもスリップしそうなのでワカンの下にアイゼンを着けたが、折からの暖かさで緩んできた雪がアイゼンの歯に挟まって、かえって危なくなってしまった。そこでズボ足になってしばらく下ったが、今度は雪が更に緩んでズボズボ沈むようになって再びワカンをつけざるを得なくなり、着けたり外したりとなんとも忙しい事である。

やがて大谷の流れが俯瞰されるようになり、急斜面を谷に向って一気に下ることになったが、ここは帰りのことを考えて小幅で確実にステップを切りながら下った。

午前10時35分、一ボケと二ボケの中間にある広い谷底に到着、念願の雪の大谷だ。休みの度に来ようと思いながらも、天候や積雪状態が悪くなかなか思いを果たせなかったが、やっと条件が揃って来ることができた。積雪量は1.5m余り、雪に覆われた冬の大谷は、いつもの見慣れた風景と全く違って見える。あのカツラの大木にもあいさつをするが、根元を厚く雪に覆われていると、なぜか小さく見えた。

冬にここまで来た者はさすがに稀だろうし、もう二度と来ることができないかもしれないと思うと、できるだけ奥まで行って見たくなる。分厚い雪の層を刻み、流れの作りだす曲りくねって波打つ雪の廊下の造詣美、今まで他の谷で見たものよりはるかに印象的だ。

元に戻ってカツラの樹下で食事を摂った。まっすぐ伸びるサワグルミやカツラの樹、15m以上もあるだろうそれらの木の枝に積もった雪が、10cmほどの長さでふわりふわりと次から次へと落ちてくる。広い谷のあちこちで繰り広げられる幻想的な映像に心を奪われていると、かつてどこかでこれに似たようなものに出会ったことがあるような、そんな懐かしさが込み上げてくる。

しかしあまり長居はできない。対岸の斜面を探したが、急過ぎて登るのは厳しそうだ。おそらく下って来たルートが最善なのだろう。元来たルートを辿れば先ほどのステップが役に立ち、急な登りも労せず上がることができる。

国境稜線手前の小ピークまで戻り、少し寄り道をしようかと時計を見るとまだ午前11時40分だ。時間的に十分ゆとりがあるので、せっかくだから二ボケの最後にある大滝の上辺りまで下ってみることにしよう。尾根の傾斜はそれほど強くはなく、軽やかな足取りで滝上の二俣まで下り着いた。

落口方向へは寄らず二俣を左に採り、小滝をトラバース気味に巻き上がって傾斜が緩くなったところを谷芯に入る。これより上は流れがすっかり雪に埋まっており、雪のない季節と同じく大きなブナやトチノキの生い立つ緩やかな源頭が広がっていた。谷の中も雪は固く締まって歩き易く、どこでも自由に歩くことができる。

斜面を上り詰めれば国境稜線、先ほど通った私のトレースに出会い、わずか上がれば「府立大学演習林南縁尾根」の分岐に立つ。後は登ってきた尾根を下るだけ、見れば比良の山並みの上には流れるような雲が懸かり、近いうちに天候が悪くなるのだろう事を教えている。しかし、空気が澄んでいるのか、朝方よりも山影は鮮明に見え、また伊吹から金糞に続く山並みには陽光が当り、そこだけ白く浮いたように光り輝いていた。

下るほどに雪は緩んで重くなり、足が捕られて歩き辛くなってくる。また雪の空洞に時々足を突っ込んで抜くのに大変な苦労をさせられることもあり、思ったよりも下りは容易ではない。やっと林道まで下り着き、朝方のワカンの跡に忠実にワカンを重ねながら午後13時50分出発地に帰り着く。

まだ2月だというのに、もう里では春のような柔らかな風が流れていた。


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