「芦生の森から」05.10.02.


アキノキリンソウ

アキチョウジ

オニグルミ

ヒバカリ

フタゴ谷の最初の滝

カツラの大木

奥座敷

カシノナガキクイムシの被害木

ツキヨタケ

七瀬谷

スベリ谷

サワフタギ

ノリコの滝

ノリコの滝の上の滝

曇りのち雨・須後〜フタゴ谷〜P822〜七瀬スベリ谷〜四ノ谷〜ノリコの滝〜ブナノ木峠〜P901〜小野子谷出合〜須後

午前7時05分須後を出発する。10月だと言うのに生暖かい朝だ。途中の花背峠にあった温度計は18度を示しており、異常なほどの暖かさである。由良川沿いのトロッコ道を行く。

路傍にはアキノキリンソウ・アキチョウジ・クロバナヒキオコシ・ハナタデ・ミゾソバなどの秋の草花が咲いている。今年の山は実りが多く、小ヨモギ作業所の横ではオニグルミの果実が地表を埋めんばかりに落ちていた。

「フタゴ谷」の表示板のあるところから由良川に下り、渓流足袋に履き替え川を渡る、午前8時25分。最近の少雨のために由良川の水量は少なく、水温も冷たさを感じるほどまでは下がっていないようだ。

フタゴ谷は対岸のトロッコ道から見えるように、入口からすぐに滝が始まる。ナメ、4mの斜滝、20m多段の滝と連続するが、難しいところはない。

この滝を越えると急に穏やかになると共に杉の人工林に入ってがっかりするが、カツラの大木が数本残され甘ったるい香りが谷中に充満している。中の一本が群を抜いて大きく、芦生では下谷のカツラの保存木に次ぐ大きさかと思われる。これだけの巨木ともなれば、誰もが畏怖して切り倒すことはできないだろう。

さらに谷を登ると再び二次林に替わり、小滝の続く滝場を2箇所越えれば二俣になる。元々水量の少ない谷であるので、水の細るのは早い。右を択んで土砂と倒木に埋まる中を通過し、連続する小滝を登っていけばいよいよ水は滲む程度のわずかとなる。そこで長靴に履き替え尾根に取り付くが、かなりの急傾斜地で文字通り這い上がることになった。

午前9時05分、這い上がったところはP901mから南へ延びる尾根の途中であり、平坦地の広がる奥座敷みたいな所だ。この辺り一帯のミズナラは、「カシノナガキクイムシ」の被害に遭ってほとんどが枯死しており、あまりにも無残な姿を晒している。また、ブナの大木も昨秋の台風の被害に遭って何本も倒れていた。そんな光景を眺めながら朝食を摂る。

朝食後この尾根を登り、P822mを少し過ぎた所から七瀬谷側に下った。中ほどは割合緩やかで歩きやすい尾根であったが、最初と最後は傾斜がきつい。下りついたところはちょうど七瀬谷のヤケ谷出合、10時25分着。

この辺りの七瀬本流は鬱蒼とした樹林に囲まれた広い谷底であり、苔むした岩の累々とする中を柔らかな流れが滑り下って、胸に染み入るような優しい表情を作っている。最近の少雨のため、イワタバコの葉はしおれたようにゲンナリとして岩に張り付いていた。

渓流足袋に履き替え少し溯れば二俣、左が本谷で右がスベリ谷。今日は右のスベリ谷に入ることにする。出合からすぐに1〜7mほどの小滝が25個余り連続し、容易いながらもなかなか楽しいところだ。

小滝が終われば三俣、一番左の谷を採ると水量が激減し、その上倒木や土砂が谷を埋めて楽しさも激減する。半ば過ぎから再び小滝が現れるようになってくるが、最早水量はわずかとなって物足りなさはいかんともし難い。

滝が終わると緩やかな谷底となり、そのまま水が絶えるまで溯れば薮も急登もなくわずかで傘峠尾根に登りついた。午前11時25分着。少し昼食を摂り、今度は反対側の下谷四ノ谷を下って行く。

下り始めはチシマザサの繁茂する薮であったが、流れに出ると意外に感じのいい谷であると知る。若い二次林だが倒木や土砂で埋められることもなくナメや小さなナメ滝が続いており、振り返って見ると柔らかで美しい流れだ。

地形図を読んで滝がありそうだと考えていたとおり、ちょっとした滝場が出てくる。上から7m・5m・5m・5mと続き、最上部は巻いた(登れそうだ)が他は全てロープなしで下ることができた。

この滝場を越えると平坦な流れに変わり、杉の人工林に入って行く。左から谷を合わせ尚も下り続けると下谷本流、12時10分着。下谷には林道が付けられているが、今日はこれを通らず谷の中を歩いていくことにする。

谷は明るく広々としており、流れは緩やかで原生林が残っておれば上谷のようにすばらしい所なのであろうが、残念なことだ。ただ、サワフタギが無数ともいえるほどの碧い果実を結び、その殺風景な河原を際立つ色彩で覆って私を楽しませてくれた。

また、柔らかくなったサルナシの実と、ツノハシバミの堅果をそれぞれ数個ずつ頂戴する。これも伐採された後の明るい谷ならではの楽しみとすれば、随分皮肉なことではあるが。いずれにせよ全く沢登りの対象になるような谷ではないので、他の楽しみ方をしなければ退屈で仕方がないだろう。

トチノキの大木がたくさん残されたトチの木平を通過し、谷幅が狭まってくると、ようやくノリコの滝の下に出てきた。名の由来は知らないが8m程の美しいナメ滝であり、その上にも20m・10m・10mと三つのナメ滝を連ね、林道からでもその一部を望むことができる。これら全ての滝は登ることができるが、最上段は傾斜が強くて少し緊張するところだ。

滝を越えたところに小屋があり、林道がすぐ傍を通っているので長靴に履き替えて谷を離れることにした。林道を少し歩けばケヤキ坂13時ちょうど、そろそろ足の重さを覚えるようになってきたが、ブナノ木峠までいま少し頑張ろう。

山頂を越えさらに南へ尾根上の踏跡(人間か、はたまた獣か)を伝って行くが、この尾根は緩やかで薮もなく歩きやすい。尾根の先端から林道に駆け下り、七瀬谷と小野子谷との分水嶺上の林道を少し南へ歩いて、再び尾根の先端から踏跡伝いに尾根を登って行く。この踏跡はナラ枯れ調査のためのものであったが、今年はもう歩いていないようだ。

この頃から空が暗くなり始め、空気も湿っぽくなってきた。細かい水滴が少しずつ大きくなり、やがて霧雨に変わっていく。最初のピークを越えて次のP901mに14時10分着。ここから小野子谷出合まで、南西に延びる長い尾根を下って行くことにした。

最初は地形が複雑で、地図と磁石は放すことができない。小さなピークを幾つか過ぎると、潅木や下草の全くない開放的な素晴らしい尾根となってくる。ただ、この辺り一帯のミズナラが「カシノナガキクイムシ」の為に壊滅状態であり、時に冬枯れの様相を呈するところのあるのはなんとも悲しい。雨が降っておらなければゆっくり歩いていきたい所であるが、ガスが懸かったときのことを思い、足は自然と先を急いでいた。

P672mを少し過ぎたところから急に傾斜が強くなり、木に掴りながら一歩一歩慎重に下って行く。小野子谷の明るい河原が見え始め、なおも下り続ければちょうど由良川本流との出合。

小野子谷の流れを渡り、対岸にある井栗邸への導水路沿いに歩いて通行止めの林道を通り、出発地須後に15時30分着。次第に雨粒は大きくなってきた。

追記
小野子谷から七瀬谷にかけての稜線一帯は、「カシノナガキクイムシ」によるナラ枯れが芦生で最も酷い所だ。直径10cmほどの幼木から200〜300年を経たような周囲4〜5mの大木まで悉く枯れ、ほとんど全滅状態のところさえある。気温の上昇に伴い彼の虫が北上したのが原因のひとつらしい。今葉を付けている樹であっても、根元に彼の虫が掘り削った木の粉が白く積まれておれば、来年には確実に枯死してしまうことが解ってしまう。 

涙のように流れ落ちた白い粉を前に、全くなす術もない自分の非力を悔しく思うと共に、このような運命に追いやった自分を含む人間社会の身勝手さを憎まずにはいられない。やがては芦生中に広がって、今はまだ被害の少ない天狗岳辺りのミズナラも枯死してしまう運命にあるのかと思うと、居ても立っても居られない気持ちでいっぱいになる。

今年はミズナラがいっぱい実を付けた。しかしそれは仲間たちの悲痛な叫びを聞いた彼等が、最期を覚悟して渾身の力を振り絞って実を結んだからではないかと思えてならない。地面に落ちた多数の果実が、ネズミ達に拾われることなく根を出している姿を見ていると、そうとしか考えられないのだ。

私にできることはその実を拾って枯れたミズナラの周囲に植えることぐらいしかないのではないかと思い、毎週出掛けてドングリを植えている。今ある樹を守ることはできずとも、次代にこの命の繋がることを信じて。


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