「芦生の森から」05.03.05


雪に埋もれる炭焼き小屋

滝谷の流れ

エゾユズリハの食痕

雪庇(5mほどの高さ)

桑原方面をのぞむ

樹氷のようになった杉

三ボケ最上流

P941付近から三国峠方面

ブナの根本

ロノロノ谷俯瞰

三ボケの大滝

三ボケロノロノ谷出合付近

三ボケ上流

経ヶ岳への尾根から湖北の山

2005年3月5日 曇りのち晴れ

桑原〜P941〜ロノロノ谷・三ボケ出合〜三国岳〜桑原

桑原午前8時05分出発。下ツボ林道に入るが踏跡は全くなく、昨夜からの雪が新たに20cmあまり積もっていた。天気予報では「雪」となっていたが、時々ちらつく程度で予報ほど悪くはならないようだ。

この辺りの積雪量は1m50cmほどあろうか、林道からはみ出した雪や、擁壁の上にのしかかる雪の断面が、まるでばら肉のように幾重もの層となって積み重なっている。カンジキを履いても20cmほど沈むが、膝近くまでのラッセルに比べればはるかに楽だ。

足の沈む深さと歩くスピードとの関係は、体感的には「深さの2乗に反比例する」とでも言えるのであろか、だから少し沈まなくなっただけでも格段に楽になる。

『三国岳登山口』から登る予定であったが、1ヶ月前にあった標識が見当たらず(雪に埋もれてしまったのであろう)、滝谷に至って通り過ぎてしまったことに気付いた。が、地図を見れば滝谷左岸尾根も緩やかそうだ。せっかくだからこの尾根を登ろうと、杉林の急斜面に取り付いた。

杉林の中では新雪も薄く、根雪も締まってほとんど沈まなかったが、自然林に移ると雪は柔らかく30cmほども沈むようになる。しかし、薮がほとんどなく、そのうえ急傾斜地もないので、かえって正規のルートよりも歩き易かったかもしれない。

尾根の半ば過ぎから再び杉林となり、雪のない季節であれば殺伐としていると思うに違いないが、今はラッセルから開放してくれるありがたい存在だ。しかも雪を戴いた杉の木立はなかなか美しいものであり、中には半ば雪に覆われ樹氷のようになっているものさえある。

今年は例年にない積雪量で、風景さえ全く違って見える(こんな光景には二度と会えないかも知れないと思うといとおしく、幾度も足を運んでいるのであるが)。尾根の上部に至ると、一昨日の(下界の)雨は雪であったらしく、急に雪が深くなってきた。

さらに上ると、強風のため南側に所々大きな雪庇ができており、また稜線上は吹き溜まりと風に吹き飛ばされた部分とが大きな段差を作って交互に現れて歩き辛い。やがて背後から大きな樹影が迫って来ると、ほどなく江丹国境尾根、芦生の入口である。午前10時25分着。

1ヶ月前に来たときには、桑原から三国岳山頂まで4時間も費やしたことを思うと、今日は格段に速い。まだ体力が十分残っていたので、三国岳山頂へは帰りに寄ることにして、予定どおりロノロノ谷と三ボケ出合まで下ることにした。

国境尾根を岩谷峠方面に向い、ロノロノ谷を囲むように延びる枝尾根に入っていく。途中941mのピークに午前10時55分着、この辺りは芦生で最もブナ林が綺麗なところの一つであり、とても気に入っているところだ。

長い山歩きの中で、いつの間にか山に入る目的が、「山頂を目指す」から、「心が喜ぶ光景に出会う」へと変わっていった。今在るこの地もそういう所であり、四季それぞれの景観は違っても、いつも心に適った表情で迎えてくれる。西へ伸びる尾根はいくつかの小ピークを起こしながらやがて南へ方向を転じ、892mのピークを最後に谷に向かって急激に高度を下げる。

午前11時35分にそのピークを通過し、そこからロノロノ谷と三ボケ出合を目指して杉の多い急な尾根を下って行く。眼下にロノロノ谷の流れが俯瞰されるようになると僅かで出合、午前11時55分着。

せっかくだからもう少し下って出合直下にあるの大滝(25m)を覗きに行くことにする。落口近くまで下ったが、その先は危険なので行けず、滝の全貌までは確認できなかった(滝壷の半ばは氷で覆われているようだ)。

出合に戻り昼食、食事を摂りながら「こんな季節にここまで来るような者は稀だろうなあ」などと思いながらも、すぐ上にある三ボケの滝場をどのように通過しようかと思案する。

食事を終えて長靴に履き替え、流れに降りて少し溯ってみた。雪のない季節には幾度も長靴でこの滝場を上下していたので、通過することに問題がないことは分っていたが、いざ臨んでみると流れ以外は総べて雪に覆われ、いずれにルートを択べばよいのか見当がつかない。雪を掻き落としながらルートを捜して登るなどとても考えられず、あっさり断念して左岸を大きく巻き上がることにした。

ところが、流れから立ち上がる雪の壁を登るのがこれまた大変で、足場が崩れてなかなか上がれない。何度かの挑戦でやっと這い上がり、長靴のままカンジキを履いて更にその上の急斜面を乗り越えた。上から谷を覗きながら、滝場が終わった辺りをめがけて下る。

予定ではここから流れの中を歩こうと思っていたが、とんでもないことだった。雪が深すぎて高さ2〜3mもあるような廊下の中を水が流れており、そこを両岸からせり出した雪の堆積が何ヶ所も合さってスノーブリッジを作って流れを塞いでいるのである。この高い雪の壁を幾度も登り降りしなければならないのだと考えると、とても流れの中を歩く気にはなれない。

と、いうわけでやむなく廊下の上を流れに沿って歩くことにした。谷の中だから雪も深くて膝まで沈み、切れ込んだ地形のところでは雪崩れの危険もある。トチノキの大木が現われ、谷が急に広がって左岸から枝谷を合わせると、ようやくこの辛くて緊張する谷歩きも終了する。

これからは、その枝谷と本谷との中尾根を三国岳目指して登って行けばよいのだが、ロノロノ谷出合からの格闘ですっかり疲れてしまい、まずは一休み。熱いお茶を飲みながら辺りを見まわすと、雪の無いときとは別世界のような光景が広がっていた。

ひと心地がついたので、再び登山靴に履き替え目の前に立つ中尾根に挑む。しかし疲れが出始め、今までのようには足が動かず、最後の登りと思いながらも度々休まねばならなかった。杉の木立からブナやミズナラに替り傾斜も緩くなってくると、三国岳山頂はすぐそこである。13時45分着、2度目の昼食を摂りながら下山ルートを考える。

稜線上はきっと雪が締まっているに違いないから少し遠回りし、経ケ岳への尾根経由で桑原へ下ることにしよう。予期したとおり稜線は歩きやすく15cmほどしか沈まない。いつのまにか青空が覗き、そこから射す陽の光からは真冬とは違う力強さが感じられた。

尾根の途中で琵琶湖方面の展望が開け、伊吹山から湖北に至る山々と、それに続く奥美濃の山々が作る白く長いスカイラインが目に入ってくる。背に暖かい日差しを受けながら、遙にしかしひときわ白い奥美濃の山々に目を遣っていると、強い憧憬の念が湧きあがってくるのを感じた。「来週はあの山へ行くぞ!」冬の終わりを感じた途端、これまで十二分に楽しませてくれた芦生に居りながら、浮気心が頭をもたげてきたようだ。

いくつかのピークを越え、桑原へ至る尾根を一気に下る。下りながら急に雪が少なくなったことに気付き、おそらく一昨日はこの辺りから下が雨だったのだろうと思った。集落が近づき、最後に急な杉林を下ると桑原、15時40分到着。

まだ雪に厚く覆われてはいるが、まばゆい光が溢れる下界は、埃っぽいような春の香りが漂っていた。


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