「芦生の森から」03.09.23.と28.


小ヨモギ作業所

ナラ枯れ

サルナシ

七瀬谷林道より小野村割岳方面

空っぽのブナの実

トリカブト

アケボノソウ

リュウキンカ

ウスヒラタケ

フクロツルタケ(猛毒)

ツボ谷の滝
ツボ谷の滝

ブナハリタケ

キクラゲ

心惹かれた谷の源頭

サワフタギ

2003年9月23日
曇り一昨日、台風通過後の芦生で時雨に遭い、少し風邪をひいてしまった。その上目覚めると霧雨が降っている。出発するか否か相当にためらったが、10%との降水確率を信じ出掛けることにした。道中しばらくは霧雨が降り続いていたが、「朝雨は女の腕まくり」とやらの諺どおり、ちょうど芦生入口の須後に着く頃に雨は止んだ。

須後出発7時20分、由良川沿いのトロッコ道を行く。台風の通過後はすっかり秋となり、少し肌寒いくらいだ。足元にはクロバナヒキオコシ、アキチョウジ、ミゾソバ、ハナタデ、キンミズヒキなど秋に常連の花が散見され、木々の緑も心なしか色褪せて見える。小ヨモギ作業所(この小屋はまだ十分使用できる)から由良川に下り、渓流足袋に履き替えて本流を渡り小ヨモギ谷に入って行く。

午前8時20分、最初は緩やかで平凡であるが、やがて1〜3mの小滝とナメがしばらく続き、これを快適に登っていくと、やがて前方に高い岩壁がそそり立つ。「これから滝場だなあ」と覚悟しその直下まで来ると、予想通り5m前後の滝が連続して続いている。合計10個ほどは有っただろうか。その内、中ほどにあったオーバーハング気味の滝にも乗り越えるのに苦労させられたが、それ以上にほとんど最後とも言うべき滝にはかなり苦しめられた。

この滝は直立していてホールドが少なく、最後まで登る自信がなかったので巻き上がることにしたが、これが悪い。左側のガレたところを登るのであるが、そこへ行くまでも足場がほとんどなく大変であったうえ、ガレの登りも急で足場やホールドは全くなく、その上30〜40mはあろうかという高さのところを、渓流足袋の指先を土に食い込ませるだけで登るわけであるから、全く生きた心地がしないというものだ。木の生えたところへたどり着き、その木を握りしめて初めてほっとできた。こういう緊張は1シーズンに1回だけで十分である。

滝を乗り越えるとすっかり穏やかな谷となり、左岸には大ヨモギ谷との分水尾根がすぐ近くに迫っている。風邪をこじらせないようにと、水が涸れるところですぐ長靴に履き替え、休む間なく尾根に這い上がった。

午前9時40分。尾根上には新しいしっかりとした踏跡が付けられており、おそらくナラ枯れ調査のためのものであろう。この辺りにも幾本かの立枯れたミズナラの大木があり、テープと番号票が付けられていた。尾根を少し登り、下草のない広い鞍部で一回目の昼食を摂る。

901mの標高点があるピークを過ぎると、隣接尾根の踏跡と合流してまるで歩道のようだ。昨年来たときには地図と磁石を何度も取り出さなければならなかったが、今年は林道まで迷うことなく案内してくれ、つまらなくなってしまった。林道に出たところでサルナシの実に出会う。調査の人もこれを狙ったのだろう、落ちていた実の1個がやわらかく熟しており、口に入れるととても美味しい。この実は、山で採れる果実の中で、最も美味しいものの一つである。そばにはブナの実もたくさん落ちていた。

以前報道で、芦生のブナの実には胚がなく(いわゆる空っぽで)発芽しないとのことであったので、ためしに10個ほど割って確認したところ、やはり全てが空っぽであった。入っておればなかなか美味しいナッツである。それよりも世代が更新されないということは、芦生のブナが存亡の危機にさらされているということであり、またこれを食料とする小動物も生存を脅かされていることになる。芦生のブナは生息域である冷温帯の最南限にあるため、地球温暖化の影響はこういう限界に生息するものの生命を真っ先に脅かすのだ。

七瀬谷の上部を巡る林道に入ると、相変わらず誰も通っているような様子はなく、面白いことに昨年鹿に出会った辺りで、今日もまた鹿に遭遇した。今回は立派な牡鹿で、今頃は繁殖期だそうだから気を付けよう。林道を終点まで歩くとその先にささやかな歩道が付けられており、それをたどると10分ほどでブナ峠から傘峠への尾根道に出る。

午前11時30分。この尾根道を20分ほど傘峠方面へ進むと「七瀬中尾根」という立派な標識に出会う。まるで一般の登山道でもあるかのような標識で、気楽に入っていきそうだ。ここからこの尾根に入り、すぐ分かりにくい分岐があるが、これを迷わず進めば後は最後の下りまで1本の尾根である。尾根の中頃までは下草もほとんどなく、ブナ、ミズナラ、ミズメ、アシウスギの生える快適な尾根であり、歩道らしきものもかすかに付いていた。ここで2度目の昼食を摂る。

しかしその先は、エゾユズリハやアシウスギの幼木が地表を覆って歩き辛く、歩道も不明瞭になってきた(もしかしたら正規のルートはこの辺りから七瀬谷出合に向かって下るのかもしれない)。ゴヨウマツが現れ、最後に急斜面を由良川に向かって一気に下るのであるが、少し方向を誤り「足を滑らせたら谷底まで一気だなあ」と思うような極めて急なところを立木に掴まりながら下ることになる。

由良川の白い河原が見え、そこまで立木が続いているのを確認してひとまず安心するが、最後の最後まで気を抜くことはできない。やっと由良川へ、午後1時05分、予定より相当上流であった。これから七瀬までは険路となるので、再び渓流足袋に履き替え、流れの中を歩くことにする。岸では満開のアケボノソウと、狂い咲きしている1輪のリュウキンカの花を見た。

難所もなくやがて七瀬、ここで数人の京大生に出会い、芦生のことについて30分ほど話し込む。再び長靴に履き替え、退屈なトロッコ道に帰路を採ることにするが、「芦生には200種類余りの木本がある」と、たった今学生から聞いたので、退屈しのぎに樹の種類を数えながら帰ることにした。結局帰り着くまで80種類ほどが数えられ、そのうち70種類ほどの名も判ったのであるから、我ながらこんなに覚えられるまでよくここへ通ったものだと感心する。数年前は半分も判らなかったのであるから。

由良川に下り着いた時には、早過ぎるかとさえ思ったものだが、途中でゆっくりしていたため、須後に戻ったのは午後4時45分にもなっていた。雨に遭うこともなく、風邪もすっかり治ってしまったようだ。まさに山は薬である。

途中カヅラ谷出合から赤崎谷出合までの対岸に、褐色になったミズナラの立枯れを多数見た。恐ろしいほど膨大な量で、これが芦生全体に拡がったら大変なことになると思った。9月27日京都市内で、このミズナラの立枯についてシンポジウムがあり参加した。「カシノナガキクイムシ」という甲虫が、ナラ菌という病原菌をミズナラに感染させるらしく、ひどいところでは70%ものミズナラが枯死するという。被害が急拡大するため早期の対策が必要であるとのことであるが、防除策がまだなく、芦生のミズナラにとっては厳しい将来が待ち受けている。またミズナラの実を餌とするツキノワグマにも、厳しい冬がやってくるかもしれない。

人間の経済活動に伴う環境の変化が間接原因であろうと思うが、利便性を手にした人間が、その手で多くの生命を殺戮し続けているいるという事を、常に自覚すべきだろう。

2003年9月28日 晴れのち雨

針畑川沿いの古屋に車を止め、午前7時15分出発、保谷の林道を行く。モズがキイー・キイー鳴き、秋が深まっていくことを知る。この辺りの気温は10℃程度らしく、快晴でかなり冷え込んだようだ。おかげで出発からヤッケを着て歩いた倉ケ谷の林道終点で渓流足袋に履き替え、小さな沢に入って行く、午前8時10分。

流れに足を浸けると、冷たくて体が強張ってしまうほどだ。小さな滝が連続して現れ「面白い」と思う頃にはもう水が涸れてしまう。何しろ最初から源流に近いのだから仕方があるまい。江丹国境尾根まで30分足らず、登りついて南へわずかの小さなピークを越え、芦生側へ谷を下って行く。この谷は原生林の中を流れる岩谷の支流で、意外なほど小滝が多く、できれば登りに使った方がよさそうだ。岩谷本谷に出てわずか下ると由良川の本流に出合う、午前9時30分。

この季節になればあまり長くは水に浸かりたくないもの、ましてや由良川本流のように泳がないと通過が困難なところはとても下る気がしない。そこで川の左岸に付けられた登山道を選ぶが、通るたびに荒れ方がひどくなっているようだ。とても一般的ではなく、荷が重いと危険だろうと思われる箇所がいくつも出てくる。この道に取り付いてすぐ、枯れた立木にウスヒラタケが生えているのを見つけた。大きさも量も適度にあり、これを戴かないわけにはいかないだろうと、小さな袋にいっぱい採る。由良川の流れをずっと眼下にして、やがてツボ谷出合、午前10時30分着。

出合いの大滝は15〜20mほどあるが、左側を簡単に巻きあがることができる。滝を越えたところで1回目の昼食。それから5m前後の滝が5本続くが、それほど困難な滝はなく、これを越えると10mあまりの滝に出会う。左側が登れそうであるが、最後に詰まって「進退窮まる」というのはかなわないので、ここは無難に左から巻きあがることにした。(この巻き道は、上部は簡単だが下部が少し悪い。)

巻き終わると急に静かな谷に変わり、芦生の源流らしくなっている。そこで少しキノコ採りをすることし、40分ほど探してブナハリタケを少しと、キクラゲをほんのわずか見つけた。ブナハリタケは成長しすぎると噛み切れないほど堅くなってしまうので、少し噛んで堅さを確認する。キノコの写真を撮っていると、もの珍しいのかヒガラが2羽、交互に近づいて様子を窺いに来た。心和む瞬間であり、自然の中にいることの喜びを心から感じる。キノコ採りはこれくらいにして再び出発。

その後も小さな滝が時々現れるだけでやがて水は涸れ、下草のない斜面を登ると間もなく稜線、数日前に来た『七瀬中尾根』の標識があるところである、12時30分。ここで2回目の昼食を摂る。空は晴れ渡り、風は爽やかでなんと心地よいひと時か。傘峠を越え八宙山を過ぎたところで、右側(南側)谷の源頭に、本当に芦生らしい広々と緩やかな林床を見出した。こういう光景に出会うと誘惑に抗し難く、ふらふらとそちらへ足は向いてしまう。予定ではスケン谷出合辺りへ下るつもりであったが・・・、一人の山旅は本当に気ままなものである。

この谷は途中に滝らしいものは一つもなく、沢登りの面白さは全くないが、岩谷出合へのアプローチとしては十分に使用価値がある。谷の中にはカツラの木が多く、落ち葉の発する甘い香りが谷の中に溢れ、息苦しいほどだ。いつしか由良川本流に出合うと、対岸にヘルメットをかぶった2名の登山者が。由良川を登ってきたのだとすぐに理解し、流れを渉って挨拶をしに行く(今日初めて出会う人でもある)。30分あまり芦生について話し(情報交換)をした後、別れて本流を溯る。

これからは悪場もないので川に沿って30分ほど歩き、左岸(右側)から合流する小ボケに入って行くことにした。谷の入り口付近に青い実を鈴生りに稔らせたサワフタギが1本、今年はこの実が大豊作でこれからが楽しみだ。食べることはできないが、紺碧の空の色にも似た青さに度々出会えるかと思うと嬉しくなってくる。小ボケは短い谷であるから最初から水量は少なく、小滝を数個越えるとすぐに水が絶えてくる。そこで谷を離れて尾根に取り付くが、これがとても急である。こういうときにシカの足跡があると本当に助かる(普段は、食害がひどいので、何とか数を減らさないと大変なことになると思っているのであるが)。

江丹国境尾根へ登りつき、その反対側にある尾根を近江側へ下って行く。この尾根は薮の少ない緩やかな尾根で歩きやすく心地よいが、ここで急に雨が降ってきた。しかし樹冠に厚く覆われているので、濡れることなく30分ほどで倉ケ谷出合付近に下り立つ。ここで長靴に履き替え、カッパを身に着け、すっかり雨支度で一路古屋を目指す。車にたどり着くと午後4時ちょうど。

先程出会ったあの人たちは、三国岳を越えて久多に下るそうであるから、まだ三国の登りぐらいか。長話をして迷惑をかけてしまったようだ。明るいうちに到着されればいいのだが。


里山便りに戻るメールを送る