「芦生の森から」03.02.09.


氷柱(つらら)が溶けてオブジェのよう

輪かんじき

日本の急な斜面に適している

シカの糞

シカの寝床?

笹原も一面の雪原に

雪庇(※)

幻想的なミズナラの林

天狗峠のピーク(頂上)

クマの爪跡

キツネの寝床

ガス、時々霧雨

異様なほど暖かい朝であった。昨夕からの雨はあがってはいたが、名残の霧雨が時折フロントガラスを濡らす。花折トンネルを抜けても道路上には雪はなく、梅ノ木から久多集落に入ってようやくタイヤチェーンのお世話になった。久多川を遡る林道を、除雪されている最後まで入って車を止める。身支度を済ませ、輪かんじきを着け、午前9時霧雨の降る中出発。

林道上には昨日のものかと思える足跡が残され、奥に向かって一条の線となって続いている。雪の上に点々と血が滲んでいるのは、おそらく猟師が捕らえた熊か猪のものだろう。昨日来ていたら誤射されないようずっと気をつけていなければならないところであった。

林道を辿ることおよそ30分、岩屋谷と滝谷の出合を少し滝谷側に入ったところから城丹国境稜線へと続く尾根に取り付く。急斜面を這い上がった尾根の上は傾斜が緩く、快適に足が進む。積雪は1m程度、しかし輪かんじきのおかげで15〜20cmほどしか沈まない。

雪上にはシカの足跡が交錯しておりこの辺りに頻繁に出没しているようだ。さらに登るとシカの糞が散乱している所に出た。あまりに大量で踏みつけずに通過するのが困難なほど、まさに足の踏み場もないほどの多さである。以前奈良で「鹿のフン」という土産用の菓子を売っていたそうであるが(今もあるのだろうか?)、色も形も正に「大きな甘納豆」である。傍には雪が解けて地面の表れた部分があり、おそらくシカの寝床になっているところであろう。大小あるのは親子なのか?

さらに登り続けるとガス(霧)の中に突入し、視界が一度に閉ざされてしまった。雪も深くなり30〜40cmも沈むと、ラッセルしているという雰囲気になる。傾斜が強まりラッセルの辛さを感じ始める頃、やっと城丹国境尾根に登りついた。

午前10時55分、稜線の向こうは芦生で原生林が広がっているはずであるが、ガスに閉ざされ間近な樹しか認められない。ここは三国岳と天狗峠のほぼ中間、これより天狗峠を目指す。

このルートは昨年何度も通っており、ガスで視界が悪くても大体の見当はつく。そのうえところどころテープも付けられ不安はない。笹が覆っていたところも今はすっかり雪に隠れ、容易に通過することができる。稜線上は風の強さのためか、久多側に雪庇(※)のできているところがあり、また雪も締まって20cmほどしか沈まない。

3つ目の顕著なピークが天狗峠への分岐、ここにはスギの巨木があるので間違うことはない。ガスの中に浮かぶミズナラの幻想的な樹影を左右に見ながら、天狗峠着午前11時50分。「雪のない季節ですら来る人の稀なこの山に、今頃来る者はほとんどあるまい。」そんなことを考えながら軽く昼食を摂る。

寒さのため早々に頂上を去って元の分岐点に戻り、城丹国境尾根を更に南に向かう。テープはその後も付けられており、また原生林と二次林との間にルートを取ればよいので間違えることはない。

昨年クマに出会ったあたりの樹に、生々しい爪跡を見つけた。これはあのときのクマのものだろうか?突然樹の陰から動物が飛び出し、わずか5mほどのところでびっくりしたが、それはキツネであった。雪が深く逃げるのにも苦労し、必死に雪と格闘しているかに見えるその姿は、気の毒だが正直言って可笑しい。

彼が飛び出した樹の裏を覗いて見ると洞があって、その中に台座のようなものが目に入った。「ここで寝ていたのだなあ。」と、直感できるほどなかなかよさそうな寝床である。

天狗峠の分岐から最初のピークの登りで疲れが出始め、足の運びが急に遅くなってきた。「やっぱり元来たルートを戻ればよかったか・・・。」と少し悔やまれたが、ピークを越えればもう先に進んだ方が早いかもしれない。

城丹国境尾根を進むだけならさほど問題はないが、これを離れる地点を間違わずに見出すのが大変である。今は冬、少しでも誤ると今日中に戻ることは勿論、生還することさえ危なっかしくなる。

磁石と地図を睨み、周囲の状況から927mの独立標高点であると確認、午後1時20分尾根を離れる。これからは全く未知のルート、地図を読む限り数箇所尾根が分岐しているらしく、目指す岩屋谷・滝谷出合に無事たどり着けるであろうか。

幾度も地図を取り出し、小さな起伏も地図上で読んでいく(永年こんなことをしていると、地図に載らない起伏も経験則で読めるようになってくるものだ)。そして分岐の度に磁石で尾根の方位を確認する。地図に記載されたとおりの地形が現れるので誤ってはいないとは思いつつも、100%の自信はなく山を楽しむまでのゆとりはない。

やがて最後の大きな分岐(829mの独立標高点)を通過し、シカ除けのネット沿いに下ってくると、突然ガスが晴れて広い視界が豁然と目の前に広がった。そして眼下に久多の林道を認めると、辿ってきたルートの誤りなきことを確認し、大きな安堵感が一気に湧き起こる。もう後は下るだけ、自然に口笛さえ出てきてしまう。

わずかの区間細かい藪で歩きにくいところもあったが、その後の大半は雑木林の歩きやすい尾根であった。最後に滝谷目指して急斜面を下り、流れを渡って対岸の林道に這い上がる。岩屋谷・滝谷の出合到着、午後2時45分。ちょうど滝谷流域の分水嶺をぐるりと一回りしてきたことになる。

ここで輪かんじきを脱ぎ林道を歩いて出発地へ、午後3時15分無事生還。予定したとおりのルートをたどることができ、2万5千分の1の地形図(国土地理院発行)のなんと正確であるかを再確認した。

(※)雪庇・せっぴ
山の尾根の風下がわに、庇(ひさし)のようにせり出した積雪。


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