「芦生の森から」02.11.24.


クチクボ峠

落ち葉が「ガサ、カサ」と・・

三国峠からの眺め

野田畑谷

野田畑谷

野田畑湿原

イワウチワとオオイワカガミの越冬葉

シンコボへ向かう稜線

松尾峠から若狭側の眺め

馬乗りになったミズナラ

2002年11月24日 曇り

麓ではまだ紅葉の名残が漂っているが、芦生の滋賀県側入口である生杉ブナ原生林辺りは、既に冬枯れの様。ここに積んできた折りたたみ式自転車を置き、2kmほど下った三国峠登山口で車を降りる。午前9時20分、少し風邪気味で体調も悪く、寝床から離れられずにいたのでこの時刻になってしまった。

緩やかな谷沿いの歩道を歩いているうちに、次第に足も軽やかになり気分も晴れやかになっていく。これは過去何度も経験していることであるが、「多少の病は山を歩くと治る」。私にとって山歩きは薬のようなものである。おそらく山の気と楽しい思いが免疫力を高めるからだろう。

谷の傾斜が増し、歩道も登りを強めると間もなくクチクボ峠、近江若狭の国境だ。これより近若国境尾根を三国峠目指して登っていく。両側にはミズナラ、ブナ、イタヤカエデ、ウリハダカエデなどの雑木林が続き、それらの落ち葉が下草のない山の斜面をびっしり埋め尽くしている。本当に心癒される光景だ。落ち葉を蹴散らしながら歩くと「ガサ、カサ、ガサ、カサ」乾いた音が耳にとても心地よい。

三国峠午前9時50分、曇ってはいるが展望はよく、伊吹山から湖北の金糞岳(雪を載せて頂上部は白く見える)まで見渡すことができる。もちろん比良の山も。枕谷から多人数らしき人の登ってくる声が聞こえてきたので、ここは早々に立ち去り、今度は若丹国境尾根となった稜線を西へ向かうことにする。

この尾根は一般ルートではないが、テープが随所に付けられ、ところどころには標識まで設置されていてなんだか俗っぽい。おかげで地図も磁石もほとんど使わずに済んでしまったが、いささか寂しさも感じる。

この稜線も先程の近若国境尾根同様下草のない雑木林の尾根だから、歩いていると心がとても和む。さらに三国峠と野田畑峠との中ほどからは、芦生側は原生林となってくるので尚楽しくなる。幾つかの大きなアップダウンを繰り返し野田畑峠に午前10時50分着。ここで2人の登山者に出会う。

この峠は若狭の南川と由良川との分水稜でありながら、由良川(野田畑谷)の川底と高さがほとんど変わらない。将来若狭側からの侵食が進めば、きっと野田畑谷の流れは若狭の南川へ流れることになるだろう。いわゆる河川の争奪といわれるものである。

私はこの野田畑谷を、芦生の中で最も素晴らしいところの1つであると思っている。芦生の良さが由良川源流のような深い渓谷と、上谷のような広く緩やかな谷とにあるとすれば、ここ野田畑谷は後者の典型であり、その中でももっとも静寂を留めているところである。

このまま通過するのは惜しいので、少し下って野田畑湿原まで足を延ばすことにしよう。往復30分あまり、あるときはなめるような流れの中を、あるときは流れを離れて落ち葉の堆積の上を、下るとも登るともいえない平坦地をさまようかのごとく往来する。

道中さらに2名に出会い、人が頻繁に訪れていることを知る。踏み跡も多くあり、これ以上人が入るとこの谷の魅力は急速に失われることだろう。

元に戻ってそのままこの広い谷を奥へ溯るのであるが、あまりに流れが緩やかで谷幅も広く、奥へ進むというイメージはない。それでもやがては水量も細くなり、谷幅も狭くなってきたので、再び若丹国境尾根に登り、主稜線から若狭側に突き出たピークであるシンコボ(永谷山)まで足を延ばす、午前11時50分。

山頂は樹木に覆われあまり展望は優れないが、静かな心安らぐ所だ。国境尾根に戻り、杉尾峠に向かって一旦下って次のピークで昼食にする。ご飯に「自然館」で買ったレトルトの野菜カレーをかける。このメニューが最近の山歩きでの定番になってしまったが、変なコンビニ弁当より格段にうまい。のんびりしていると頭上の枝をエナガが数羽「チッチ、チッチ」と鳴いて渡っていく。山で過ごす最高に贅沢なひと時。

15分ほど休んで先に進む。これから杉尾峠にかけても、雑木林と原生林の狭間に細々とした道が続きとても楽しい。杉尾峠が近くなった頃、ネマガリダケが下草として現れてきたが、その全てがことごとく枯れていた。積雪不足で寒風にさらされたせいであろう、これも地球温暖化現象の1つか。

やがて若狭側に杉の植林見出すと間もなく杉尾峠、12時40分。峠を少し登り、視界の開けたところから眺めると、若狭側眼下に紅葉の残る山肌が広がり、若丹国境尾根の先には八ケ峰が大きく聳え立つ。若狭湾は霞んで見えないが、その方向に雲が湧き出し始めた。「近いうちに天候が崩れるかもしれないなあ」と考え、先を急ぐことにする。

若丹国境尾根から分かれ櫃倉谷と上谷との分水稜へ、そして上谷と下谷との分水稜へとたどっていく。しかしモンドリ谷のコル付近からは、深いネマガリダケの藪に突入した。「こんな状態が続けば時間がかかり過ぎ、途中から上谷へ下らないといけなくなるかも知れないなあ」などと考えながら薮と格闘していると、突然櫃倉谷側から登ってくる作業道に飛び出し薮漕ぎから解放される。

この作業道は、その後も細々とはなりながらもずっと続き、迷うことなく私を目指す方向へと導いてくれた。上谷側には時々原生林らしきものが現れるものの、下谷側はずっと手入れのされていない植林帯が続き、先程まで辿って来た若丹国境尾根に比較して魅力に乏しい。

ただ1つ、同じミズナラに馬乗りになるような姿で生い立つミズナラの古木は、その異様な樹形と成り立ちの不思議さで、私をしばし釘付にさせた。やがて下谷から長治谷へ超える峠道に出会い、これを北側へ下ると長治谷作業所の横に出た。14時10分。

あとは出発地へ戻るだけ。地蔵峠からの林道は長いが、車が通らなくなった道は不快ではない。生杉原生林前に中型バスが2台止まっていた。多数のハイカーを芦生へ送り込んだのだろう。

「芦生の森を営利目的で使われるのはとても哀しいことだ。ここにゲート設けたことは英断ではあったが、もう一歩下がって生杉の村外れ辺りまでゲートを移動してはどうだろう。地蔵峠まで往復3時間もかけて歩くことになれば、ツアーも成り立たなくなるであろうから。」

そんなことを考えながら、止めておいた自転車に乗り一気に林道を駆け下った。


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