「芦生の森から」02.06.23


エゾアジサイ

透き通って川底が見える由良川

ギボウシの一種

ヤマアイの群落

大ヨモギ谷の滝

ツルアジサイ

七瀬谷の滝

カツラの大木

2002年6月23日 終日雨

天気予報では、あまり良い天気にはならないとのことであったが、高雄を過ぎる頃から霧雨となり、ずっと降り続いているとさすがに観念してしまった。今日は一日中カッパだと。

芦生演習林事務所のある須後を、上下のカッパに長靴を履いて午前5時55分出発。由良川沿いの軌道敷を上流へと進むが、雨が降っているのでまだ薄暗い。道沿いにエゾアジサイが点々と咲いた。

廃村灰野を通り過ぎ、橋の壊れた赤崎谷から由良川へ降りる。ここで渓流足袋に履き替え水の中に足を浸す。今日は気温が低く水が冷たい。流れを右へ左へ、膝上ほどまでの徒渉(川の流れを渡ること)を何度も繰り返す。いつも見慣れた由良川だが、こうして川の中を歩いていると全く別の山にいるかのように新鮮だ。岸からは「シリシリシリ」と、虫の音かと惑わされそうなヤブサメの声が聞こえ、渓流沿いの岩場にはギボウシ(イワギボウシか?)が咲いていた。

今日は大ヨモギ谷を遡行する予定にしているが、何本も合流する谷があり、どれがその谷であるか見極めるのが難しい。通り過ぎておかしいと気付き、引き返してそれと断定し、7時30分入谷。早速ミソサザイのおしゃべりが出迎えてくれた。

谷の最初は傾斜がゆるく緩やかな流れが続いているだけであったが、やがて次から次へと滝が連続する。2mから10mほどまでの滝が30本余りあった。しかし2〜3の滝を除いて簡単に登ることができる。それにしてもこの谷の滝はすべて優雅だ。原生林の中、苔むした岩肌を滑めるように落ちていて、まるで日本庭園の中のよう。

沢登りとしては醍醐味がなく、決して面白いとはいえないが、気品のある美しい流れは特別の趣がある。ツメ(谷の最後)はルンゼ(岩溝)状となり、その中の連続する滝を登ってどんどん高度を上げる。水が枯れ、急な斜面を這い上がると稜線だ。

いつものことだが、ツメに入り谷が幾筋にも分かれると、最後登りついた地点を確認するのに神経を使う。これを誤るととんでもないところへ行ってしまうからだ。今日は生憎の雨で視界も悪い。地図と磁石と睨めっこし、一応推定して行動するがどうもおかしい。尾根の方位が違い、ピークへの上りも小さすぎる。

そもそも最初から大ヨモギ谷だろうと判断しての入谷なのだから怪しいもので、この前提が崩れれば現在地の確認など不能となってしまう。反対側を振り返ると、木立の間から目的とするピークらしいものが見えた。ここまでのルートを記憶でたどり、地形と地図を照合すると整合する。そこで踵を返しそちらへ向かう。

標高901mの独立標高点(と思われるピーク)8時55分着。稜線をたどると地図と方位が一致しているし、前方にある次のピークも地図のとおりだ。ここで判断の誤りないことを確信してさらに尾根を進むと、目的の林道に出た。

これでやっと気を許すことができる。この辺りは杉の植林帯だが、手入れがされていないので酷い荒れようだ。林道をケヤキ坂方面にしばらく向かい、途中でブナノ木峠の東側を巻くようにつけられた林道に入る。こちら側は七瀬谷の源流域で両側とも原生林だ。

この林道を歩いているうちに疑問を抱かずにはいられなくなった。原生林の中を貫通し、この林道は何の必要があって作られたのか?もしもこの原生林を伐採するためであるならなんと愚かなことかと。

林道沿いにはヤマボウシやツルアジサイの白い花が咲き、下ではすでに終わったコアジサイも、今を盛りと咲いている。カーブを曲がったところでシカが草を食んでいるところに出会った。30mほど先でこちらに気付かず黙々と食べている。私はじっと身動きもせず眺めていた。

ややあってこちらを振り向いたシカは、私を見つけた。しかし身動きもしない私に、「いったいアレは何だろう?」と訝るようなしぐさでこちらを眺め、やがて正体を見定めようとでもするかのように、恐る恐るこちらへ近づいて来る。が、10mほど近づきどうも胡散臭そうだと思ったのか、身を翻して谷の中へ消えていった。話には聞いていたが、シカのなんと好奇心の強いことか。

さらに林道を進み、七瀬谷の最奥部を横切る箇所から谷へ下ることにする。9時45分。林道開削のために崩された土砂が谷を埋め、さらにドラム缶まで転がっている。下から登ってきてこの光景に出会ったらさぞかし興ざめすることだろう。土砂はその後、谷の中間あたりまで淵という淵を埋め、美しい渓流が全く台無しになっていた。

その谷の中ほど辺り、突然谷が切れ落ち岩壁に10mばかりの滝を4本ほど連ねる滝場にさしかかった。この谷は初めてではあるが、地図を読んで大した滝はなさそうだと高をくくっていた私は、この滝場に遭遇してうろたえてしまう。

しかし意外にた易く、細引きを出すまでもなく高巻いて下ることができた。七瀬谷の滝場は後にも先にもここだけと言ってもいいほどで、全体に緩やかな、沢登りの対象にはならないような谷である。

しかしこの谷にはカツラの大木がたくさんあった。谷の出合いの広くなった河原には、必ずと言ってもいいほど大きなカツラが「デーン」と谷の真ん中に聳え立っている。半径20m余りの樹下には、樹木らしきものは生えておらず、正に「主」といった風格で他を睥睨している。

その樹形の素晴らしさよ。まるで寄せ植えしたかのように幾本もの枝が分かれて直立し、天に突き上げているその姿に、畏敬の念を抱かずにはいられない。谷が明るく開けると、由良川本流に出合う。11時10分。

渓流足袋を脱ぎ長靴に履き替えていると、数人のハイカーがやってきた。この雨の中物好きと言う以外にない。これより上流は険路となるのでハイカーには無理。彼らもここから引き返すようだ。「さあ、これからまたあの長くて退屈な軌道跡歩きを始めるとするか」。 

由良側沿いのこのコースは、芦生でもっともポピュラーなコースだけあって、雨にもかかわらず須後にたどり着くまで、さらに7〜8人のハイカーに出会った。

須後着13時20分、予想どおり終日雨であった。


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