「芦生の森から」02.5.26.


ハクウンボク

ギンリョウソウ

ミヤマヨメナ

トチノキの花

最高のキャンプ地!?

滝・滝・滝・・・

ヤマフジ

アミガサタケの一種

杉尾峠から

タツナミソウ

フタリシズカ

2002年5月26日 晴れ

午前4時に家を出発したが、大阪の職場へカメラを取りに寄ったので、演習林事務所のある須後に到着したのが8時近くになってしまった。今日の予定である櫃倉谷へ入るには、途中1時間ほど林道を歩かなばならないため、往復歩くことを避けようと今回は自転車を積んできた。林道入口にはゲートがあって一般車は通行禁止。しかし自転車ならゲートがあっても入っていける。

カジカガエルの澄んだ声を聞きながら、ヤブデマリの白い花とピンク色をしたタニウツギの花の咲く林道を快適に走る。途中下谷から地蔵峠へ抜ける本道と別れ櫃倉林道へ入り、終点には8時30分に到着。

谷はここで大きく蛇行してしまうため、ここより始まる歩道は峠を越えるように付けられている。本谷を渡った上り口に、ハクウンボクがいっぱいの白い花垂れ下げているのに出会った。

雑木林を登り詰めた峠が原生林の入口、反対側には巨木が生い立っている。足元には葉緑素を欠いた寄生植物のギンリョウソウがたくさん咲き、薄紫のミヤマヨメナの花も点々と可憐な姿で出迎えてくれる。

谷に下り立ったところが中ノツボ谷出合、広い谷底にはミズナラ、トチノキ、サワグルミ、イタヤカエデなどの大木が群立して、林床をオシダ、ジュウモンジシダ、リョウメンシダなどが覆い、その中を櫃倉谷本流と中ノツボ谷の清流が緩やか下っている。テントを張って泊まっていきたくなるようなすばらしい空間だ。広い芦生の中でも一番気に入っているところの一つである。今日はこの中ノツボ谷を遡行する予定にしている。

広い谷を5分ほど奥に進むと、谷は大きく屈曲して滝の音が聞こえ、ほどなく10mほどの滝に出会う。ここで渓流足袋に履き替え流れに足を浸す。まだ水は冷たいが今年初めての本格的沢登りだ。滝の直ぐ横をよじ登るとすぐに大きな滝つぼのある5mほどの滝。これを高巻くと流れは平凡となる。

突然20mほど先をシカが横切り山の斜面を駆け上って行った。芦生に限らず最近山ではシカの姿をよく見かけるようになった。きっと生息数が増えているのであろう。しかし植物の生態保全から考えると大変な問題である。

しばらく緩やかな流れの中を進むと再び滝が現れ、3mほどから15mほどまでの滝が10個ほど続く。10m前後の滝は高巻くことが多いがそれ以下の滝はほとんど登って越えられる。ただ一つ、大きな滝つぼを持った4mほどの滝を高巻いた際、谷へ下りるところが見当たらず、行きつ戻りつして探し、結局最後細引き(細いザイル)を木に掛けて岩壁を下りることになった。今日一番苦労した。

それからもう一つ、倒木の引っかかった斜滝を登り始めたとき、突然カラスが飛び立ち驚いたが、飛び立ったところまで登ってさらに驚いた。倒木と滝との間に死んで間もないようなシカが横たわっていたからだ。きっと足を滑らせ落ち込んだのだろう、倒木のため穴のようになったその底に、水しぶきを浴び、しかし腐臭を発するまでもなくまだ生々しい姿で。若いオスの鹿だ、短い角はまだ柔らかいのかカラスについばまれて半ば崩れていた。

中ノツボ谷には、ニッコウキスゲの最西端の自生地があるということらしいが、滝を越えるのに精一杯でそれを探すゆとりなど全くなかった。

気がつくと最後の滝を越えたのだろう、辺りが急変した。等高線からも判ることだが、ここから谷は浅くなり傾斜もすっかり緩くなる。しかしそれ以上に変化するのは幽邃の原始境から突然伐採後の造林地帯へ飛び出すことだ。25年以上前に初めてこの谷を訪れたときは、予期なく伐採中の倒木帯に出、余りに酷い荒れ様に愕然としたものである。今日は一応覚悟していたので驚きはしないが、決して嬉しいものではない。

すぐ上に林道が来ているが、そこを歩くのも能がないと思えそのまま谷の中を進むことにした(もしかすればこの奥に原生林が残っているかもしれないという期待もあって)。しかし谷の両側からは潅木やチシマザサが覆いかぶさって行く手を阻み、また緩やか過ぎる流れは所々泥の堆積を作っていて、その中に足を突っ込んでぬるっとした感触に気味悪さを覚え、と決して楽しいものではない。

途中フジの花が咲いていたが、花の色は淡く左巻きにつるが巻いているからヤマフジである。今までにも何度も見ているのだろうが、はっきりとヤマフジと認識したのはこれが始めてであった。

最後水の涸れた斜面を這い上がると林道に飛び出す。午前11時。見下ろせば中ノツボ谷の源流一帯には原生林らしきものは見当たらない。あの頃にすべて伐採されたのだろう。もったいないことだ。

林道を歩いていると、カッコウ、ホトトギス、ツツドリとカッコウ科の野鳥の、個性ある声が遠く近く聞こえてくる。

10分ほど林道を歩き、大きくカーブしたところを上谷支流の筋斗(モンドリ)谷へ乗越す。と、再びそこには原生林が広がっていた。植生調査のための歩道を伝って谷を下るとやがて上谷に出合い、地蔵峠からの歩道に出た。

ここで渓流足袋から長靴に履き替え、杉尾峠に向かう。トチノキの花のシーズンなのだろう、足元には落下した小さなその花が無数に散乱している。わずか歩くと杉尾峠、芦生のメインコースは賑やかで、わずかの間に10人ほどのハイカーに出会った。

峠の少し上で昼食にする。今日は晴れて展望がすこぶる良く、若狭湾に浮かぶ小島さえはっきりと見分けられるほどだ。

12時、昼食を済ませて再び出発する。芦生側に少し下ると林道に出る。ここは先程歩いた林道をさらに1Kmほど奥へ来たところ。この林道を少し歩き、かなり急な尾根道を櫃倉谷目指して一気に下る。

下り道は原生林内であるが、下り立った谷の対岸は伐採後の造林帯となっている。以前より杉が成長したせいか多少は耐えられる景観になっている(伐採直後は荒地に伐根が散乱し、悲しくもまた哀れでもあった)。

流れ沿いの歩道を歩き始めると、木陰にフタリシズカの咲いているのに出会った。静御前にちなむ名だが、別種のヒトリシズカの方が私は好きだ。

10分余り下ると再び空が閉じ、深い原生林に入っていく。櫃倉谷には途中15mほどの滝があるだけで、その上下は広い谷を緩やかに水が流れている。歩道は何度も流れを渡り、ここでも履物は長靴が一番だと実感させられる。

木々の茂るこの季節になっても明るい谷は本当に気持ちがいい。ある本に「演習林内でもっとも自然形態を保っている」と書いてあったが、多彩な樹木に出会うとそれも首肯できる。

また中ノツボ谷出合まで1時間半ほど、その間二人に出会っただけという静けさも嬉しい。あまり紹介されたくない谷である。

ところがこの谷に、関西電力の揚水発電用ダム建設の計画がある。原子力発電による夜間の余剰電力を有効活用するとのことだが、そもそも出力調整もできないハイコストの発電設備そのものが問題なのであり、その欠陥を補完するためにこの緑深い原生林を水没させてダムを作ればいいと発想することに、経済優先論理の恐ろしさを感じる。愚に愚を重ねることのないよう計画の撤回を求めたい。

やがて中ノツボ谷出合に戻りつき、原生林ともお別れ。最後に流れに浸かって水浴びをした。まだまだ水は冷たく永くは浸かっていられないが、もうこんなことができるような季節になったのだとしみじみ思う。

峠を越え、自転車に乗り、林道を下って午後2時には須後に帰り着いた。


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