「芦生の森から」02.3.24.


カモシカと遭遇

アシウスギ

シャクナゲ

マンサク

ブナの大木

バイカオウレン

ミヤマカタバミ

ワサビ

ネコノメソウ

2002年3月24日 曇り時々雪

最近の暖かさのため異常なほど早く桜が咲き始めていたが、昨日あたりから急に寒くなり、冬に舞い戻ったのかと思うほどだ。これを「寒の戻り」とでもいうのだろう、未明に家を出、道路沿いに現われる温度表示板に「3℃」と表示されているのを目にすると、否応なくそれを納得させられる。しかし幸いなことに路面には雪が無く、凍結もしていなかったので、タイヤチェーンを着ける必要のないまま朽木村古屋に到着した。午前6時を少し過ぎたところ、夜はすっかり明けている。

ここから保谷の林道に入っていくのであるが、入口にワイヤーが張られて車では進入できず、積んできた自転車に乗って林道を奥に進む。15分ほど走った倉ケ谷出合に自転車を止め、長靴を履きザックを背負っていよいよ山歩きが始まる。

倉ケ谷には登山コースはなく、初めて通るコースなので内容が全く判らない。しばらくは林道が付いていたが、すぐに本谷を離れてしまったので谷に下り、流れに沿って付けられた仕事道を追って奥に進んで行く。昨日降ったのであろう、落ち葉の上にわずかに雪が残っている。

ミソサザイの鳴き声が絶え間なく聞こえる谷の中を、幾度も流れを渡りながら歩くのはとてもすがすがしいものだ。ミソサザイは日本の野鳥で一番小さいのだそうだが、体に似合わずその声は賑やか過ぎるほど大きい。

やがて道が谷を離れて、次第に上へ上り出したところ、対岸に「ガザガサ」という音を聞きその方に目をやると、カモシカが1頭ゆっくりと歩いていくのが目に入った。こちらに気付き、立ち止まって振り向いたが、逃げるようなことはない。しばらくこちらの様子を観察した後、危害を加えられる恐れがないのを知ったのか、悠々と山の斜面を登っていった。

山でカモシカを見るのは10度目ぐらいか。ここ3年ほどは会っていなかったので、今日はこれだけで十分収穫があったような気になってしまう。

仕事道は次第に心細くなりながら杉の植林帯を上ってゆくが、それをたどるうちにとうとう踏み跡さえ消えてしまった。こうなれば仕方がない。何とか谷に下り、その中を稜線目指して這い上がる。幸い藪にもガレにも遭わずに稜線に登りつくことができた。

稜線上にははっきりとした刈り分け道があり、視界も開けて比良の山並みさえ望むことができる。こういう所には野鳥がよく飛んでくるのだろうか、ヒガラとコガラが肉眼で見分けがつくほど近くで鳴き交わしていた。冷えた空気の中に、時々アカゲラの乾いたドラミングの音が遠く近く響き渡る。

稜線を登り標高818mのピークに達すると、その向うは芦生だ。こちら側の植林地帯や二次林と違って、幽邃な原生林が広がっている。これからこの原生林との境(滋賀・京都の県境でもある)の尾根を南にたどっていくことにしよう。

尾根上には道らしいものはないが、よく見るとケモノ道か踏み跡か判らないかすかな通路様のものが見出せ、また原生林との境界をたどればよいのだから迷うことはない(はずなのだが、一度尾根を間違えて下ってしまった)。

やせ気味の尾根にはアシウスギが生い茂り、ところどころシャクナゲも密生していて、その花芽はもう大きい。何度か上り下りを繰り返すと岩谷峠、ここで先程分かれた倉ケ谷出合からの登山道に合流する。出発してから2時間30分だ。

これより登山道を県境尾根上に南に進み、三国岳を目指す。少し登るとマンサクの花が咲いていた。前回の里山便り番外編で「ゴミのような」と表現したら、「それはかわいそう」とのメールを頂いたので、今回もう一度じっくりと眺める。何かに似ているがそれが何であるか永らく思い付かない。はっとして「染色体に似ている」と気付いたが、あるいは皺が寄った細い紙テープ、はたまたインスタントラーメンの欠片か。

やがて急な登りが始まりそれを上り詰めると、浅い谷を隔てた山肌にびっしりと残雪の張り付いているのが目に飛び込んできた。そこは原生林の中、向かっている三国岳とは全く方向が違う。しかし、抗し切れない誘惑に駆られ、あるいは必然的に足は自然と残雪に向かっていた。

残雪は50cm〜1mほどの厚さで、ブナの大木の下をべったり覆っている。風は無く、曇っていた空も時々薄日が差し始め、やっと暖かさが感じられるようになってきたので、ここで腰を据え休むことにした。何だか腹も減ってきたので、少し早いがついでに昼食も摂るとことにする。

新雪に白く化粧された残雪は、それとは思えぬほどとても美しい。こういう光景に出会うと嬉しくてたまらなくなるのは、きっと私のDNAが記憶しているからだろう。私の祖先はたぶん北方からやって来たのだ。

食事を終え再び三国岳に向かうことにした。しかし目の前の残雪に覆われた谷が、どうしてもこちらへおいでと誘惑する。だからはコースには戻らずその谷(三ボケの源流で、最後大谷となって由良川に注ぐ)を下ることにした。

間もなく雪が切れ、流れが出てくる。しかし長靴はこういうとき便利だ、流れの中をザブザブ入っていける。芦生の原生林内を歩くには、長靴が最適だ。少し下るとすぐに左から谷が合流し、今度はそちらの谷へ入って行く。と、再び残雪が現れ、それをどんどん登っていく。気が付くと雪が舞い始め、わずかして吹雪模様となってきた。

普段は薮がきつく通過困難なところだが、残雪上は何の障害もない。そのまま登りつめるととうとう最後三国岳山頂に飛び出した。午前10時15分。959.0m、芦生で一番高いピーク、近江・丹波・山城の三国界だ。もともと展望の利かないピークではあるが、吹雪の中ではなおさら視界は悪い。しばらく待ったが一向に晴れる様子がない。

これから戻るにしては早過ぎるので、ここから南へ下った経ケ岳まで往復することにした。こちらの方は原生林から外れており、両側の木々は小さい。登山道の両側にはネマガリダケがびっしり生えていて、シーズンにはタケノコ採りによさそうだ(この道は数年前に拓かれたばかりで、私の持つ地図には載っていない)。

雪は次第に小降りになり、経ケ岳に着くころにはすっかり止んでいた。京都北山は何処も同じ、この山頂も樹林に覆われ展望は利かない。ここで栗東から来られたご夫婦に、ラーメンとコーヒーをご馳走になる。普段は嫌いなコーヒーだが、山の中だからかそれともインスタントではないからか、不思議と美味しくいただけた。「ご馳走様でした。」

すっかり大休止し11時45分出発。進む方向に黒い雲が現れ、またしても雪が降り出してきた。来た道の帰りはあまり有難くはないが、平坦地が多いのでそれほど苦にはならない。1時間ほどで戻りついた三国岳山頂は、依然として雪が降り続いている。今一度晴れ間を待ったがその気配はなく、断念して下山することにした。1cmほどの新たな積雪で、辺りはまるで粉砂糖を振り撒いたようだ。

岩谷峠まで下って来るとようやく雪も止み、遠くも望めるようになった。峠からは下り一方、足元にバイカオウレンの白い小さな花を見付ける。さらに下って谷川に出会うと、ミヤマカタバミの花が咲いていた。谷川の畔には蕾のついたワサビもあり、もうすぐ春が一気に訪れることだろう。

自転車の置いてあるところにたどり着き、そこからは快適にサイクリング。出発地古屋に着いたのは、午後2時40分。

山の雪は里では雨なのか、雪混じりの雨がまた降り出してきた。


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