里山便り「芦生の森から」02.2.10.


生杉の集落

ノリウツギの綿帽子

ブナ原生林の入り口

地蔵峠(先月のと比べてみて下さい)

足跡の上に雪が降り自然の造形に

アシウスギの大木

雪の花が咲いている

由良川、造られた庭のようだ

流れから上を見上げると青空が

ヤドリギのついたミズナラ

地蔵峠から百里ヶ岳方面

2002年2月10日 雪のち曇り

「国境の長いトンネルを抜けると」というほどではないが、花折トンネルを抜けた途端に路面に雪が積もっていた。未明の暗がりの中でタイヤチェーンを着ける。先々週通行止めであった道も今日は通れるようになっていて、林道のように細いその道へ入っていった。

針畑川沿いの道は、北上するにつれ積雪量も増え、やがては除雪車が走るほどの雪が積もっていた。ガードレールもない細い道はゆっくりと走らないと危険だ。生杉には7時20分頃に到着する。除雪された空き地に車を止め、スキーを担いで集落を奥へと入っていく。300mほどで除雪は終わっている。

そこに方向転換しそこねて、雪の中に突っ込んで出られない車があった。聞けば三国峠へ登る予定の登山者だ。気の毒だから我が車に鍬を取りに戻って脱出を手伝う。幸い下が固かったので出ることができた。そんなアクシデントがあって、スキーにシールを着けて出発したのが8時20分となってしまった。

小雪は止むやこともなく降り続いている。林道には轍の跡のようなものはあるが、今朝の新雪にシュプールをつけるのは私が最初。こういう新雪の上をスキーで歩くのは何年ぶりだろうか、綿帽子のトンネルを、スキーを滑らせると嬉しくて心が弾んでしまう。

そろそろ飽きが出てくる頃にようやく生杉のブナ原生林に到着。車ならすぐに着くのだが、今日は1時間15分ほどもかかってしまった。ところがそこになぜか、雪を載せた乗用車が一台止まっている。ここに止めて山へ入ったのだろうか、この積雪量では下まで下りられまい。春の雪融けまで待たなければならないかも。「アホと違うか」と思ってしまう。

そこから地蔵峠まではさらに45分ほどスキーで歩かなければならなかった。地蔵峠付近の積雪は50cmほどか、杉の樹はクリスマスツリーのように雪をかぶり、落葉樹の枝という枝には花が咲いたように雪が積もっている。峠でシールをはずし、枕谷のほうへ下りてゆく。枕谷の流れは多く、スキーを脱いで渡らざるを得ない。中山神社でお祈りをし、上谷に架かる丸木橋もスキーを着けたまま渡って、杉尾峠へ向かう道に出会うと、沢山のカンジキの跡があった。

今日はこの分岐を左へ、由良川本流方面へ向かうことにする。間もなく長治谷作業所に出る。ここにカンジキ跡の主である登山者が2組、テントを張っていた。その登山者に話しかけると、この雪は昨日から今日にかけて降ったもので、それまでは20cmほどしか積もっていなかったとのことである。そこからさらに上谷沿いの林道を下っていくが、これから先も私が最初のシュプールをつけることになる。

少し薄日が射し出してきたのはいいが、今度は雪面が融けてスキーの裏に雪がくっ付き、その重いこと重いこと。まるで鉄下駄を履いているようなものである。時々立ち止まっては雪を落とすのだが、またすぐに付いてしまう。上谷と下谷の出合、中山に着いたときにはその作業に嫌気がさし、下谷沿いの林道を行く予定を放棄して、スキーを脱いで傘峠方面へ行くことに変更した。

下谷を渡るとすぐに傘峠方面への分岐点に着く。この道は今までに通ったことがないが、道もしっかりついているようだし、いずれトレースを拾って引き返すのだから問題はあるまいと考え、ためらいもなく入っていくことにした。最初から急斜面の尾根の上りだ。この辺りは一度伐採されていて大きな樹はない。上谷は原生的だが、この下谷沿いは二次林と杉の植栽で、何処かありふれた山のような俗っぽさがある。ただこの季節に入るにはアプローチが長過ぎ、入山する者は稀だろうから、人気がまったく感じられないのは嬉しい。

途中シカかカモシカだろう足跡が道の上に続き、それを追うように登っていく。30〜40cmのラッセルは結構疲れる。標高850mの無名のピークに達したときは、時刻は12時30分になっていた。帰りの所要時間と労力を考えるとこの辺りが限度かと思え、ここから引き返すことにして昼食を摂る。

山頂あたりは杉を主とする原生林となっていて、雪をかぶった杉林はとても幻想的だ。休んでいる間に青空も少し覗き、視界も開けて芦生の森が見渡せるようになってきた。広い森だ。そして雪に閉ざされた静寂の世界、俗界からかけ離れた神秘な世界だ。冬の芦生に来るのは今年が初めてであるが、もう一度惚れなおしてしまう。

急な登りの帰りは、雪の急斜面を駆け下りる楽しみが待っている。急であればあるほど飛ぶように駆け下りることが出来る。ザックのベルトをきつく絞って出発。さっきの苦労はどこへやら、アッという間に下り着いてしまった。

下りついたところを由良川の流れに下りてみた。夏よりも多いのではと思えるほどの豊かな水量、その流れの中にある岩が雪を厚くかぶって白い島のようである。林道に戻ると私のトレースを追ってきた者がいたのか、スキー跡にカンジキの跡が重ねられ、その足跡はさらに奥へと続いていた。この林道を辿ると、やがては演習林の玄関口須後に至る。先ほどテントを張っていたパーティーが越えていったのだろうか。須後まではこの雪だと6時間はかかるだろう。

さて私は長治谷作業所の方に戻ることにし、トレースの上にスキーを滑らせてみた。と、もう雪はくっつかない。そこで、何のトレースもないが、別の林道を通って地蔵峠へ向かうことにした。道は登りだが雪が緩んでいるので、シール無しでも十分歩ける。しばらく行くとスキーツアーの一行に出会った。10人ほどの団体で、長治谷作業所を回って地蔵峠へ戻る予定だそうだ。今年の「岳人」2月号に冬の芦生が紹介されたせいか、なんとも賑やかなことだ(その後さらに地蔵峠で3人、その下りで1人を追い越した)。

地蔵峠を越えると空は晴れ渡り、生杉方面から百里ヶ岳方面へ続く広大な雪景色が眺められた。午後2時ちょうど、林道を下り始める。最初は傾斜があって立っているだけでも滑ったが、そのうち漕ぎが必要となり、さらにはノルディックスキーの要領で、スキー板を交互に押し出すように滑らさなくてはならなくなってしまった。除雪道までちょうど1時間の行程。登りの半分で辿り着けはしたが、バランスを崩さないよう意識し続けていたのと、普段は使わない動きを続けたのですっかり疲れてしまった。

スキー板を担いで、アスファルトの表れた道を歩いていると、背後から雷の音「雪起し」が聞こえてきた。振り向けば山の向こうから黒い雪雲が湧き上がっている。「もうすぐ雪になりそうだ。」

車に戻り、着替えを済ませて車を動かす頃には、はや雪が舞い始めていた。


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